225.【し】 『蛇(じゃ)の道(みち)は蛇(へび)』 (2004/03/29)
『蛇の道は蛇』
同類の者は互いにその社会、またその方面のことに通じている。同類の者がすることは良く分かる。
類:●餅は餅屋●商いは道によって賢し●猩猩(しょうじょう)は猩猩を識り、好漢は好漢を識る●我が身に偽りある者は人の誠を疑う●悪魔は悪魔を知る
★「蛇(じゃ)」は、大きな蛇の総称。「蛇(へび)」は、それよりも小さな蛇の意。

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梨元又士郎は、借りてきた猫のように大人(おとな)しくなってしまった。
冷めた酒をちびりちびりと舐(な)め、野蒜(のびる)のお浸(ひた)しを摘(つ)まんでいる。
反対に調子に乗った八兵衛が、止せば良いのに、内房正道との邂逅(かいこう)の話を、止め処(ど)なく話し始めている。
いつの間にか入ってきていたらしい伝蔵が、興味津々(しんしん)で聞き耳を立てていた。

>八:だからよ。おいらと内房のご隠居さんとは「臭(くさ)い仲」なのさ。分かったかい、梨元の旦那?
>梨:うむ。
>八:あっはっは。聞いたか? 「うむ」だってよ。気取っちゃってるぜ。
>伝六:八つぁん、もう4回目だぜ。もうこれくらいで堪忍してやってやりなよ。
>四:5回目ですが。
>五六:お前ぇ、良く数えてられるな、酔っ払うと直ぐ寝ちまう癖によ。
>三:おいらなんか、太助どんが凄まじい勢いで食いもん食ってるんで、見蕩(みと)れちまいましたよ。
>五六:そうじゃなくたって数えていたくはねえわな。ことあるごとに聞かされるんだからよ。
>八:なんだ五六蔵。真逆(まさか)おいらの話が聞きたくねえなんて言うんじゃねえだろうな。
>五六:もうこりごりでやすよ。何十回聞かされてると思ってるんですか?
>八:えーと、20回くらいじゃねえのか?
>五六:そんな少ない筈(はず)がねえじゃねえですか。耳に胼胝(たこ)でやすよ。
>八:なんだと? そんなことはねえだろう。おいらのべろには胼胝も魚の目もできちゃいねえぜ。
>五六:そんなもんできやすかってんだ。
>熊:・・・もうそれくらいにしとけよ。「臭い仲なんて言わねえぞ」って一々言うのも疲れたぜ。
>八:そうか? そんじゃあ仕様がねえ。食いもんでも突付くとするか。・・・おーい、お花ちゃん。蛸(たこ)の足かなんかねえか?
>花:はーい。御田(おでん)の汁に浸(つ)けてたのがあります。
>八:おっ、そりゃあ美味(うま)そうだな。ありったけ出しと呉れよ。

主導権をすっかり取られてしまった梨元は、見咎(みとが)められないように渋い顔をした。
それを、伝蔵が丁度見ていて、「おっ、今の顔良いねえ。もう一遍してみてよ」と、指差して催促(さいそく)した。

>梨:あいや。せ、拙者(せっしゃ)は別に・・・
>八:なんだい、梨の旦那。おいらの話は詰まらなかったかい?
>梨:そ、そいう訳では・・・
>八:なんなら取って置きの話をしてやろうか?
>熊:そいつは止しとけ。先様に迷惑だ。
>八:あ、そうか。そうだったな。・・・でも、なんだか後ろ髪引かれちゃうな。
>伝蔵:なんのことだい? まだあるのか?
>咲:・・・伝蔵さん。その話は、後であたしがこっそりと教えてあげるから、今日のところは、ね?
>伝蔵:なんだよ。出し惜しみするなって。
>咲:お願い。・・・八つぁん、危なっかしいこと言い出さないで。
>八:へえい。
>伝蔵:あんたら、やばいことに手を染めてるんじゃねえだろうな?

>熊:そ、そんなことはねえって。・・・そんなことよりよ、太郎兵衛んとこをどうやって攻(せ)めるかって話をしようじゃねえか、な? なあ五六蔵。
>五六:そ、それじゃあ、こういうことに詳しい梨元の旦那に、段取りを決めて貰うってことにしやしょうよ、ね?
>三:梨元の旦那は、淡路屋の太郎兵衛ってのはご存知で?
>梨:あ? ああ。知ってるとも、勿論。相当の悪人だ。それがどうかしたのか?
>八:梨ちゃんは、なんにも分かっちゃいねえんだな。その人相書きの男を雇(やと)ってるのが太郎兵衛なんじゃねえか。
>梨:何? そ、そこまで突き止めたというのか?
>八:あたりきしゃりきのこんこんちきよ。この八兵衛様を誰だと思ってやがるんだ? 内房のご隠居の裏にはだな・・・
>熊:止せったら。酔っ払ってやがるのか? ・・・三吉、八の口にその蛸の足でも突っ込んどけ。話が前に進まねえ。
>三:八兄い、はいどうぞ、あーん・・・
>八:お前ぇらな、蛸の足ぐれえでモゴモゲガ・・・
>熊:黙って食ってろ。・・・そんじゃあ、梨元の旦那、段取りの方をお願いいたしやす。

>梨:段取りと言われてもだな、その、なんだ。・・・兎に角、人手(ひとで)を集めて踏み込めば良いのではないのか?
>伝蔵:そんなんじゃ片付きやしねえよ。
>梨:なんだと? それに、先ほどからやけに口を挟(はさ)んでおるが、うぬはどこの誰なのだ?
>伝蔵:俺かい? 俺は人相書きを書いた絵師じゃねえか。一番手柄(てがら)って、誉(ほ)められたって罰は当たらねえぞ。
>咲:そうよ。あの絵がなかったら今ここで話し合うことだってできなかったんだから。ちょっとくらい礼金を渡したって良いくらいよ。
>梨:そ、そうか。・・・しかし、銭金となると、拙者の一存ではなんとも・・・
>咲:だらしないわね。それでもお侍(さむらい)?
>梨:拙者は武士である前に役人であるからして・・・
>咲:ああもう聞いてらんない。後は任したわ、伝蔵さん。
>伝蔵:それじゃあ、続きを話すとしやしょうか。・・・あのですね、捕り方を従えて「御用だ」って行ってみたところで、そいつらが下手人(げしゅにん)だってう証(あかし)がねえんですぜ。
>梨:人相書きがあるではないか。
>伝蔵:まあ、縦(よし)しんば巧くいって、その人相書きの男を捕まえられたとして、その後どうしやす?
>梨:全員をお白州に連れて行って泥を吐かせれば良いのではないか?
>伝蔵:肝(きも)が小せえこそ泥くらいなら観念するかも知れねえが、相手は百戦錬磨(ひゃくせんれんま)のやくざの親分なんだろ? 知らぬ存ぜぬで通されたらどうするね? あんたの面目(めんぼく)くらいなんてことねえけどよ、お奉行さんの顔を潰すのはどうかと思うぜ。
>梨:そ、そ、それは拙(まず)い。そんなことがあっては拙者の将来も危ういではないか。・・・では、どうせよというのだ?
>伝蔵:ちょっとばかし日にちが掛かっちまうが、こういうのはどうだ? 俺が、その淡路屋の近所に隠れてよ、何人かの顔を覚えて絵にする。そんでもって、そいつを瓦版にして太助どんが配りまくる。
>梨:それでどうするというのだ? 自分から捕まりに来るのを待てとでもいうのか?
>伝蔵:そんな訳はねえ。勿論、太郎兵衛の方だってお縄になりに来たりなんかしねえだろ? ・・・刻(とき)を稼(かせ)ぐのよ。
>梨:なんのためにだ?

>伝蔵:話によると、手引きに使ってるのは元目明かしだって言うじゃねえか。1人は本郷界隈(かいわい)の多作(たさく)って野郎だ。・・・そんでもって、次の狙(ねら)いは神田とか日本橋だっていうじゃねえか。
>梨:だからなんだというのだ?
>伝蔵:あんたも血の巡(めぐ)りが悪いねえ。そこいら辺で辞(や)めちまった目明かしとか下っ引きとかがいねえか調べろってことだよ。そのくれえなら1日で分かるだろ?
>梨:それで、どうするのだ?
>伝蔵:多作と、そいつとに喋(しゃべ)らせるのさ。仮にもお上(かみ)の仕事をしてた奴らだ。喋ったことは信頼できるだろ? 立派な証になるじゃねえか。
>梨:しかし、喋るであろうか?
>伝蔵:そりゃああんたたちの腕次第だろう? ・・・それに、1遍寝返ったもんは、もう1遍寝返るもんだって相場は決まってる。そうじゃねえかい?

伝蔵は勝ち誇ったような顔で皆の顔を見回した。
こうも自身満々で決め付けられると、そんな気になってくるものだ。

>伝六:あんた凄(すげ)えな。一介(いっかい)の絵師にしとくにゃ惜しいぜ。
>伝蔵:いつも逃げ回ったりしてて、周りにいるのがみんな敵に思えるって、そんな覚えはねえかい?
>伝六:そんなことある訳がない。
>伝蔵:俺にはあるんだよ。・・・そういう暮らしをしてると、どこから足が付くかとか、誰を信じちゃいけねえのかとか、そんなことばっかり考えるようになるのさ。
>伝六:成る程な。太郎兵衛の気持ちになって考えりゃ、一番危ねえのが目明かし上がりの奴らだってことか。
>梨:まるで凶状持(きょうじょうも)ちであるな。
>伝蔵:今の世の中、絵師といったらみんながみんな、似たようなもんじゃねえか。・・・尤(もっと)も、俺はそんなびくびくした暮らしにゃ見切りを付けちまったがな。

>咲:でも伝蔵さん、それって、何日くらい掛かっちゃうの? あんまりのんびりしてたら、また騙(だま)される人が増えちゃう。
>伝蔵:2日もありゃ片付いちまうって。俺を誰だと思ってるんだい? 「箪笥町(たんすまち)の伝蔵」様だぞ。
>八:なんだいそりゃ? そんならおいただって「甚兵衛長屋の八つぁん」だぜ。
>伝蔵:あのなあ・・・。絵師には雅号(がごう)ってもんがあってだな・・・
>八:おいらなんか一晩で5合(ごんごう)くらいなら飲めるぞ。
>伝蔵:そういうもんじゃねえっての。雅号だよ、雅号。
>八:なんだいそりゃ? そんなの食って腹を壊したりしねえか?
>伝蔵:食いもんじゃねえってんだ。
>八:そんなら食わねえ方が良いぜ。厠(かわや)に座りっ切りになんかなったら、「臭い仲」じゃなくって「臭い奴」って呼ばれちまうからよ。
>伝蔵:・・・お咲ちゃんよ。お前ぇ、こんな奴らと付き合ってて良く平気でいられるな。
>咲:まあ、言葉は悪いけど「臭い仲」だからね。仕方がないのよ。
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