224.【し】 『杓子定規(しゃくしじょうぎ)』 (2004/03/22)
『杓子定規』
昔、杓子の柄は曲がっており、定規の役には立たないことから言われた言葉。
1.誤まった基準でものを計ろうとすること。 
2.あるものにしか当て嵌(は)まらない規準を、無理に他にも当て嵌めようとすること。一定の基準で全てを律しようとすること。決まり切った考えや形式に囚(とら)われて、融通(ゆうずう)が利かないこと。 例:「杓子定規な処遇」
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八兵衛の楽観は当たらなかった。
2日が過ぎようとしているのに、人相書きの男の消息(しょうそく)は、杳(よう)として分からなかった。

>八:太助の野郎まで駆り出してるってのに、どうなってやがるんだ?
>熊:もうこの辺にはいねえのかなあ?
>八:だってよ、本郷の誰とかが騙(だま)くらかされたって、あれは昨日の話だろ? まだ起きてるじゃねえか。
>熊:そうだよな・・・
>四:あの男は下見(したみ)だけの役だったのかも知れませんよ。
>五六:でもよ、そこまで抜かりなくやってるかな? そんなだと、倍の人数が必要になるぞ。
>熊:そうだよな。そんな大勢で関わってたら、どっかから襤褸(ぼろ)が出ちまう。そこまではしねえんじゃねえかな。
>三:ねえ。お咲ちゃんが、次は日本橋の方に目を付けてるみたいだって言ってましたよね? そっちの方へ回ってるんじゃねえんですか?
>五六:成る程。そいつは十分に有り得るな。
>八:それじゃあよ、明日っからは、太助に日本橋界隈(かいわい)を歩かせようぜ。

>熊:まあ待てよ。もうちょっとだけ待って呉れ。
>八:どうしようってんだ?
>熊:あんまり気は進まねえんだが、1ヶ所だけ確かめなきゃいけねえとこがあるんだ。
>八:そんなこと言ったって、この辺りはあらかた回ってるだろう?
>三:そうですよ。虱潰(しらみつぶ)しに当たってるでしょう?
>熊:この辺はな。
>八:なら、一体どこを当たらせようってんだ?
>熊:谷中(やなか)だ。
>八:あの辺りは1回も起こってねえんだぞ。そんなとこ回らせたってどうしようもねえんじゃねえのか?
>熊:なあ、八。谷中って聞いてなんか思い出さねえか?
>八:葉生姜(はしょうが)か? 味噌付けて食うと美味(うま)いよな。
>熊:そんな話してる場合じゃねえだろ。
>五六:それってもしかすると、淡路屋太郎兵衛のことでやすか?
>熊:そうだ。
>八:なんだと? あの、お咲坊を勾引(かどわか)したやくざか?
>熊:お咲坊の、女の勘(かん)なんだとよ。
>五六:しかし、そりゃあ危なっかしいですぜ。まあ、だからこそ、当たりかも知れねえんでやすがね。・・・お咲ちゃんは近付けねえ方が良いんじゃねえですか?
>熊:勿論(もちろん)だ。だからって谷中の方は後回しにしてたんだ。日本橋の方へ行かせる前に、一度確かめなきゃななねえ。
>八:分かった。太助に頼(たの)んどくよ。お咲坊は連れていかねえようにってな。

そして、その結果はすぐに出た。
淡路屋の近所の酒屋が、何度も顔を見掛けているということだった。
「だるま」に集まって、さてどうしようかという話をしているとき、お咲が現れた。

>咲:あたしに内緒(ないしょ)で何をこそこそやってるのよ。
>八:べ、別にこそこそなんかしてねえぜ。なあ、熊。
>熊:中々見付からねえから、そろそろ日本橋の方まで足を伸ばさなきゃいけねえかなって話し合ってたところだ。
>咲:嘘よ。あたし太助さんから聞いたんだもん。やっぱり太郎兵衛だったじゃない。どうして後回しになんかするのよ。真っ直ぐ行ってれば少なくとも1人は騙されなくて済んだのよ。
>熊:そう捲(まく)くし立てるなよ。謝るに謝れねえじゃねえか。
>咲:あたしが謝って貰っても仕方ないじゃない。要は、1日でも早く太郎兵衛を取っ捕まえることでしょう?
>熊:そうだ。だからこうして・・・
>咲:そんなんじゃ駄目。話なんかしてたって埒(らち)なんか明きやしないでしょう?
>熊:だからって仕様がねえだろう。もうこんな刻限なんだからよ。
>咲:どうせそんなことだろうと思って、手を回しておいたわ。
>熊:なんだと?
>八:お咲坊、一体何をどうしたんだって?
>咲:伝六さんに頼んで、お役人を呼んできて貰ってるの。
>熊:役人だあ?
>八:おいらたちだけで片付けるんじゃねえのか?
>咲:そんなことしてたら夏になっちゃうじゃない。今すぐ片付けるのよ。今すぐ。
>八:そんなに慌てなくっても・・・
>咲:駄目(だめ)よ。八つぁん、身近な人間じゃないから良いだろうなんて考えてるんじゃないでしょうね?
>八:そ、そんなことはねえさ。・・・ただ、役人が間に入ったら太郎兵衛の頭をぽかりとできなくなっちまうじゃねえか。

やがて、太助と伝六に連れられた同心が入ってきた。名を「梨元又士郎」といった。

>梨:梨元又士郎である。このような職人どもの溜まり場に呼び出すとは以(もっ)ての外(ほか)である。
>伝六:事情が事情ですから、堪(こら)えてください。
>梨:今日限りだぞ。こんなところへ足繁(あししげ)く通(かよ)っているなどと、噂が立っては適(かな)わん。
>咲:ご挨拶(あいさつ)ね。鴨太郎さんはそんなこと言わなかったわよ。
>梨:なんだこの娘は? それが役人に対して使う言葉か?
>咲:言葉使いなんてこの際どうでも良いの。・・・あなた本当に鴨太郎さんの同輩(どうはい)?
>梨:失敬(しっけい)な。あんな落ち零(こぼ)れと一緒にするな。禄(ろく)なら桃山の倍(ばい)は取っておる。
>咲:禄高の問題じゃないでしょう? 凄腕(すごうで)かどうかってことよ。
>伝六:お咲さん。そのくらいにしといた方が・・・
>咲:そうね。これくらいで許してあげる。
>梨:伝六。な、な、なんなのだこの小娘は?
>咲:小娘じゃない。立派な大人(おとな)よ。名前は、杉田咲。あんたなんかよりはよっぽど遣り手よ。
>梨:け、け、怪(け)しからん。儂(わし)は帰る。
>伝六:お待ちください。咎人(とがにん)が見付かったってのにそれを聞かずに帰るってんですか?
>梨:うーむ。
>咲:あなたみたいな、やる気のない役人は、机にでもへばり付いてれば良いのよ。
>梨:何をー?

>熊:まあまあ、梨元様。小娘相手に大人気ないですぜ。ここは一献(いっこん)やって、水に流すとしやしょう。
>梨:ほう、お主、少しは話が分かりそうだな。
>熊:へい。桃山の旦那には、ちょいとばかし可愛がっていただきやしたんで。
>梨:そうか。そういうことなら、少しばかりいただくとするかな。
>咲:・・・何よ。結局は手柄が欲しいんじゃない。
>梨:何か申したか?
>熊:いえいえ。大方、内輪(うちわ)で嫌なことでもあったんでしょう。聞き流してください。
>梨:それはそうと、厳(いかめ)しい面々が揃(そろ)っておるな。脛(すね)に疵(きず)を持っていたりはすまいな?
>伝六:へい、それはもう、あっしが保証します。至(いた)って真面目な大工たちです。
>梨:そうか、大工か。成る程な・・・
>八:やい、盆暗(ぼんくら)役人。さっきから聞いてりゃ偉そうに。お前ぇなんか鴨の字の足下へも寄り付けねえ。そんな奴に捕り物の手伝いをされたくねえやい。
>梨:なんだと? 捕り物をするのは我々役人であって、大工風情ではないわ。お前たちこそ早々に手を引け
>八:一味の奴を探してきたのは誰だと思ってるんだ? お前ぇじゃねえだろう。
>咲:そうよ。人相書きを渡してあるのに、この2日間一体何をやってたの?
>梨:伝六。あの人相書きを作ってきたのはこの者たちなのか?
>伝六:へい。その通りです。
>梨:咎人の居所を掴んできたのもこの者たちなのか?
>伝六:へい。正(まさ)に、その通りでやす。旦那も、あんまり無碍に扱わねえ方が良う御座いますよ。
>梨:どうしてだ?
>伝六:へい。あの、この方たちは、新山(にいやま)様の恩人であって、その、お奉行様とも、ちょっとばかし訳ありの面識が御座います。
>梨:な、なんと。うーむ。・・・伝六。
>伝六:へ、へい。
>梨:どうしてそういうことを真っ先に言わんのだ。とんだ失礼をしてしまったではないか。
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