197.【こ】 『子は三界(さんがい)の首枷(くびかせ・くびつかせ) (2003/09/08)
『子は三界の首枷』
「三界」は、仏教用語で、すべての世界という意味。親は子を思う心に引かされて、一生自由を束縛される。
類:●子は浮き世の絆(ほだ)し
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三吉を呼びにやると、五六蔵はすっ飛んでやってきた。
「いやあお恥ずかしい限りでやす」と、頭を掻きながらも、にこやかに話す。

>熊:腹を壊した訳じゃなさそうだな?
>八:寝坊してずるした訳でもなさそうだな?
>五六:へい。身体はぴんぴんしてやすし、今朝は早くにぱっちりと目覚めやした。
>八:それじゃあ、一体どういうことなんだ? さあ、きりきり説明しやがれ。
>五六:へ? 姐さんからまだ聞いてなかったんでやすか? 実はですね、お三千のやつが身篭りやして。
>八:なんだとぉ? 身篭ったって、稚児(やや)か?
>五六:他に何を身篭れってんでやすか? 卵なんて言わねえでお呉んなさいよ、鶏じゃあるまいし。
>八:お前ぇの卵だったら卵焼きが山ほどできるな。
>五六:食うなんて言わねえでお呉んなさいよ、まったく。

>熊:成る程、そういうことかね。おいら、もっと面倒なことにでもなってんのかと思っちまったじゃねえか。まあ、なんにしても、そりゃあ目出度え。さ、一杯やんな。
>五六:有難う御座いやす。・・・そしたらね、菜々のやつんとこも、どうやらそうらしいってことなんでやす。魂消(たまげ)たのなんのって。
>八:なんだ? 兄妹(きょうだい)揃ってか? こりゃまた、仲が良いこったな。
>四:あの、その上、うちのおよねもそのような感じなんです。
>八:何ぃ? 四郎んとこもか? どうなってやがるんだ?
>熊:まあ授かりものだからな。そういうこともあるだろうよ。さっきの姐さんからの小遣いってのはそれか?
>四:はい。何かと要るようでして。
>熊:稚児か。そりゃ、姐さんが言う通りだ。八のやつには来年か再来年ってことになるわな。
>三:然(さ)もなきゃ、もっとずうっと先になるか、でやすね?
>八:なんだと、手前ぇ。
>三:冗談ですって、冗談。

>八:まあ、三吉がそう言うのも仕方ねえ。そう簡単にできるもんじゃねえもんな。第一、肝腎(かんじん)の嫁がいねえ。
>四:姐さんは、「前祝」って言ってましたが・・・
>熊:もしかして、親方の用ってのは、八の嫁探しってことなのか?
>四:有り得ます。
>八:ほ、ほんとか? こ、こりゃ、明るい将来が開けてきたか?
>三:そうに違いありませんって。
>八:やっと春が巡ってるか。遠い春だったなあ・・・
>熊:今は秋だってんだ。
>八:ものの喩えだってんだ。お前ぇは日頃っから言葉に五月蝿(うるさ)過ぎるぜ。
>熊:分かってるさ。・・・でもな、女に関しちゃからっきしなあの親方だぜ。あんまり期待し過ぎねえのが良いんじゃねえのか?
>八:なあに、親方が自分で見付けてくる訳じゃなし。大方、元締めんとこにでも行って呉れてるんだろうよ。
>三:耳の遠い相馬屋の爺さんですぜ。期待薄ですね。
>八:成る程。相馬屋の爺さんじゃあ心許(こころもと)ねえな。うーむ。

そんなところへお咲が現れた。まだ明るい刻限だというのに、良くぞ探し当てたものである。

>咲:井戸端で話してて、菜々さんに聞いたら、お目出度だそうじゃない。しかもよ、お義姉(ねえ)さんのお三千さんまでそうだってじゃないの。こんな良い話、ここんところとんと聞いたことがなかったもんだから、あんまり嬉しくなっちゃって、あやさんのところにお茶を飲みに行った訳よ。
>八:それでここだって分かった訳だ。鼻が利き過ぎると思ったぜ。
>熊:四郎んとこのおよねちゃんもだとよ。
>咲:えーっ。そうなのぉ? これは吃驚(びっくり)。
>八:なんでまたそんなに重なるかね?
>五六:「梅雨が長くてやることがなかったからじゃねえのか」なんて、半次の奴は言ってやした。まったく口が減らねえったらありゃしねえ。
>四:夏蒲団に変えた後に寒い夜があったりしましたから・・・
>五六:そう言われりゃ、そんな風な梅雨だったからな。
>八:こっちが悪人退治で走り回ってたってのに、お前ぇらはせっせと子作りか? あーあ、やってらんねえな。
>三:走り回ってたのはお咲ちゃんと、鴨太郎の旦那だけだったんでやすがね。
>八:おいらはな、お夏ちゃんと一緒にみんなに指図(さしず)を出してたの。お頭(つむ)を使う方だって結構忙しいんだぜ。
>三:お頭を使ってたのは、専(もっぱ)らお夏ちゃんだったんですけど。八兄いはおいらと飲んでただけじゃねえですか。
>八:子作りはしてなかったぞ。真剣に悪人退治をしてたの。
>熊:まあ良いじゃねえか。そんなことより、子作りだとかそんな話は、お咲坊には毒だろうってんだ。もうそのくらいにしたらどうだ。
>咲:あら、あたしなら構わないわよ。もう立派な大人の娘なんですからね。
>熊:そんな話、六さんが聞いたら卒倒するぞ。
>咲:父上は過保護過ぎるのよ。まったくもう、あたしのことなんか放っといて、後妻でもなんでも探せば良いのよ。いつまで経っても子離れができないんだから、やんなっちゃうわよね。
>熊:やれやれ。実の娘がこんなことを思ってるなんて、気付いてねえだろうな、六さんは。

「お? もうやってるのかい?」と、常連の1人が顔を覗かせた。いつも半次とつるんでいる男だった。
「直ぐに連れを呼んでくるからいつもの卓を空けとけよな、親爺」と言って駆け出していった。

>咲:そんなことよりさ、聞いた? あやさんのとこもできたようなんだって。
>熊:なんだと? 本当かよ。4人が一緒か? こりゃあ、来年は大騒ぎになるぞ。
>八:そしておいらは蚊帳(かや)の外か?
>三:おいらもですよ。自分だけみたいなこと言わないでくださいよ。
>八:お前ぇはおいらより若いから良いの。おいらは崖っ縁なんだからよ。
>熊:そんな大袈裟なもんじゃねえだろ? なるものはなるようになるし、駄目なもんは駄目になる。
>八:なんだお前ぇ、駄目になって貰いてえような言い様に聞こえるぞ。
>熊:そうじゃねえって。あんまり期待し過ぎるなってこった。とんとん拍子に行くことばっかりじゃねえからな。
>八:分かってるさ。でも大丈夫に決まってる。このおいらの凛々(りり)しい顔を見たら、どこの娘だって一ころよ。
>熊:お前ぇ、言ってて自分が恥ずかしくねえのか?
>八:はは。・・・恥ずかしいって言うよりも、不安の方がでっかいに決まってるじゃねえか。どっしり構えてなんかいられる訳がねえ。軽口(かるくち)でも吐かなきゃやってられるか。

>熊:五六蔵、四郎。お前ぇたちも、安心してばっかりはいられねえぞ。悪い病気が流行(はや)るかも知れねえし、凍(こお)った道で足を滑らすかも知れねえんだからな。
>五六:へい。十分に注意しやす。
>熊:4人が4人とも無事に揃って生まれるように気を付けてやらねえとな。
>四:生まれる前からこれじゃあ、子供の親になるってのは、大変なもんなんですねえ。
>熊:それに気が付いたんなら、今のうちに親孝行を心掛けてやれ。おいらんとこみてえに、孝行したくたってできねえのもいるんだからよ。
>四:へい。
>熊:当面の親孝行は、無事に生まれた孫の顔を見せてやることだ。
>八:それができねえおいらやお前ぇはどうすりゃ良いんだ?
>熊:まあ、1日でも早くそうなるようにするこったな。なにしろ、孫は
目に入れても痛くねえってほど可愛いもんらしいからな。
>八:確かにな。あの棟梁の顔を見てりゃ、そいつも頷(うなず)けるわな。

>咲:あたしも早く孫の顔を拝(おが)ませてあげなきゃね。
>熊:お、お咲坊はまだ先で良いだろう。子供がそんなこと言い出すなって。
>咲:子供じゃないって言ってるでしょ。・・・それとも何? 熊さんってば、何か
如何わしい想像を働かせちゃったりした訳?
>熊:よ、止せったら。お前ぇ、酔っ払って・・・。あっ、いつの間に飲んでやがるんだ。
>咲:良いじゃないの、もう大人なんだから。それに、目出度いときには、ちょっとのことはお目溢(こぼ)しして貰わないとね。
>熊:帰ったらまた六さんに怒られるぞ。
>咲:そんなの知ったことじゃないわ。父上は父上、あたしはあたし。ね、そうでしょ?
>熊:あーあ、これだからな・・・

半次たちがやってきた。「おう、なんだ、みんなお揃いだな。そっちに混ざっても良いか?」と言い出した。

>八:どうしたんだ? 珍しいこともあるもんだな。
>半:いや何、ちょいとくさくさしてな。楽しいことがある方に混じっていたいんだ。・・・しかし、あのごろつきの五六蔵に稚児とはな。世も末だな。
>熊:「世も末」はねえだろう。まったく、口が悪いな。
>半:口の悪さは親譲りよ。おいらの咎(とが)じゃねえや。・・・で? どんな楽しい話をしてたんだ?
>五六:田舎の親たちに、孫の元気な顔を見せるのが親孝行だってことだ。
>半:そうだな。それは言えてるな。精々大事にしてやんなよ。
>八:・・・そういや半次、お前ぇもそろそろ、そういうことを考えなきゃならねえんじゃねえのか?
>半:その話は、今日のところはおいらに向けねえで呉れ。
>熊:何かあったのか?
>半:大喧嘩をやらかしちまってよ。もう5日になるのに顔も見せちゃ呉れねえ。
>八:お前ぇにそんなのがいたのか?
>半:5日前まではな。
>熊:なんだよ。諦(あきら)めちまうのか?
>半:昼間、向こうの遣いが来てよ、「縁談がある」って言い置いて帰っていった。・・・なんだよ。しんみりさせちまったじゃねえか。だから喋らすなっていったじゃねえか。
>熊:聞かれるままに喋ったのはお前ぇだってんだ。
>半:そうか。済まなかった。・・・今夜はよ、ちょいと飲み過ぎちまうかも知れねえから、そんときにはおいらのこと長屋まで負ぶってって呉れねえか。
>八:そりゃあ、構わねえよ。
>半:恩に着るぜ、八公。
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