168.【く】 『君子(くんし)は豹変(ひょうへん)する』 (2003/02/17)
『君子は豹変する』
人格者は、過(あやま)ちを改めてから善に移るその移り方が極めてはっきりしている。君子は過ちを直(ただ)ちに改める。君子は時代に応じて自己を変革する。
類:●大人(たいじん)は虎変する●A wise man changes his mind; a fool never.(賢い人の心は変わるが、愚かな人の心は変わらない)「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
反:■小人は革面(かくめん)す
★豹の毛は、季節の変わり目に抜け変わり、斑紋が美しくなるところから言われる。
出典:「易経−革卦」「君子豹変、小人革面」
出典:
易経(えききょう) 中国五経の一つ。周代。中国の哲学思想の元。文王や周公らの著かといわれるが疑わしい。陽を印、陰を印で示し、それを組み合わせた六十四卦によって自然と人生の変化の道理を説く書。各卦に、暗示的な「卦辞」と、更に「十翼」と称する解説が付いている。「卦辞」は周代の巫(ふ=みこ)の覚え書き、「十翼」は春秋から戦国にかけての諸家の作と考えられている。三易のうち周易のみが現在に伝わる。「周易」、「易」とも。
*********

藺平(いへい)は、五六蔵を見るなり「なんだその博打(ばくち)打ち崩れは?」と言って、これ見よがしに不快な顔をした。

>三千:お父つぁん。あたし、五六蔵さんのところにお嫁に行きたいの。
>藺:駄目だ。俺は許さねえ。
>三千:おっ母さんとあたしに任せるって言ったじゃない。
>藺:あれは忙しくて生返事しただけだ。
>三千:嘘よ。仕事なんかしてなかったじゃない。一休みしてお茶を飲んでた癖に。
>藺:そりゃあ、お三千、茶を飲みながら色々と考え事をしていたのさ。・・・それに、どうせ俺が反論したところで、お前ぇはこうと決めたら梃子(てこ)でも動かねえだろ?
>三千:そりゃそうよ。お父つぁんが持ってくる見合い話って、みいんな気に食わないのばっかりなんだもん。
>藺:何をー? 俺の目利きが悪いとでも言うのか? 箆棒(べらぼう)め、小娘のお前ぇなんかより、百倍も男を見る目くらいあらあ。
>三千:なら言ってよ。五六蔵さんのどこがいけないって言うのよ。
>藺:そ、そんなこと、ご当人の前で言えるかってんだ。
>三千:貶(けな)すところが見付からないから、そんな言い逃れをするんでしょう?
>藺:そんな訳あるか。ようし、それじゃあ言うぞ。良いか? 先ず、見て呉れが悪い。さっき言ったように見るからに博打打ちだ。真面目に仕事をやってるとは思えねえ。
>三千:人を見掛けで判断するなんて酷(ひど)過ぎるわ。それに、今さっき会ったばっかりで、本当はどういう質(たち)なのかなんて分かる訳ないじゃない。
>藺:分かるさ。生まれてこの方55年。そんな面(つら)をした働き者なんか一度たりともお目に掛かったことはねえ。
>三千:それは、お父つぁんの人付き合いが狭いせいかも知れないじゃないの。源五郎親方のところ辺りともっと付き合ってたら、人の見方ももっと増しになったでしょうよ。
>藺:お、お前ぇ、親に向かってなんてこと言いやがる。選(よ)りに選って、人付き合いが下手とは聞き捨てならねえぞ。

この険悪な雰囲気の原因が自分であると思うと、五六蔵は益々居た堪れなくなった。
が、親方からの命令ということもあり、逃げ帰る訳にもゆかず、怖(お)ず怖ずと仲裁の言葉を投げた。

>五六:あ、あの。確かにあっしは顔も口も悪い、そりゃあ分かってやす。あっしは慣れてやすからなんと言われようが構わねえんですが、あっしの顔のことで親娘喧嘩されるのは辛いです。止(や)めておくんなさい。
>三千:五六蔵さん・・・
>五六:親方との約束さえなけりゃ、逃げて帰りたいところでやすが、逃げたら親方の顔を潰すことになりやすんで。・・・藺平父つぁん、どうでやしょう、あっしの面をぼこぼこにぶん殴(なぐ)りゃあ、少しは腹の虫も治まりやすかい?
>藺:な、なんでそんなことをしなきゃならねえんだ? そんなことして、お礼参りになんか来られたら敵(かな)わねえ。
>三千:お父つぁん!
>藺:な、なんだよ。
>三千:大姉ちゃんのときだって小(ちい)姉ちゃんのときだって、何も文句なんか言わなかったじゃない。なのにどうして、あたしのときだけそんなに文句を付けるの?
>藺:だってお前ぇ、あそこを断ってこっちを断って、揚句に連れてきたのがこんなごろつきじゃあ、仕方あるめえ。
>三千:だから、ごろつきじゃないって。源五郎親方のところのお弟子さんたちはみんな真面目で良いお弟子さんだって、お父つぁんだって聞いたことあるでしょう?
>藺:人の話なんか半分に聞くもんだ。全部が全部立派な弟子だなんてことはある訳ねえだろう。
>三千:そんなのお父つぁんが勝手に思ってることでしょう? そっちの方が間違ってるかも知れないじゃないの。
>藺:そんなことあるか。俺はいつだって正しいのよ。・・・大方、巧く取り入ろうとして殊勝(しゅしょう)なことを言ってみせただけに、違いねえんだ。
>三千:なんて酷いことを言うのよ。五六蔵さんが傷付くようなことばかりよくも言えるわね。
>藺:この悪人面が傷付くかよ。
>三千:お父つぁんの分からず屋。五六蔵さんのことを認めて貰えないんなら、あたしこの家を出てく。お父つぁんなんかもう勘当よ。
>藺:ちょ、ちょっと待てよ、お三千。待って呉れ。なあ、何もそこまですることはねえじゃねえか、な?

>三千:お父つぁんって、いつもそうよ。あたしが苦労しそうだから、あたしには荷が重そうだから、あたしには不似合いだからって、あたしが何をどうしたいかなんて全然分かってないじゃないの。・・・あたしはね、苦労したいの。汗水流したいの。大声で泣いたり笑ったりしたいの。
>藺:そ、そんな・・・
>三千:お父つぁんったら、いつもその逆。それってどういうことだか分かる? 「余所(よそ)余所しい」ってことよ。「他人行儀」ってことよ。まるで自分の娘じゃないように気を使って、遠慮して、まるで腫れ物にでも触(さわ)るみたいに。

>藺:・・・お三千。す、済まねえ。どうやら、俺は知らず識(し)らずのうちにお前ぇに関わらねえようになっちまってたんだな。労(いた)わるって気持ちが、いつの間にか遠巻きにするってことに変わっちまってたんだな。
>三千:あたしの足の怪我はお父つぁんのせいなんかじゃない。暴れ馬のせい。そうよ、そうでしょう?
>藺:しかし・・・
>三千:まだ分からないの? あたしはね、足の痛みなんかより、お父つぁんに嫌われてるんじゃないかっていう心の痛みの方が何倍も辛いの。
>藺:お三千。・・・知らねえうちにお前ぇも大人になっちまったんだな。
>三千:もう24よ。立派な売れ残りだわ。
>藺:そういうことじゃねえ。自分の考えをちゃんと言葉にして言えるようになったってことよ。お前ぇは、もう俺の庇護(ひご)はいらねえってこったな。・・・良いよ。お前ぇが選んだ男を信じよう。
>三千:お父つぁん・・・
>藺:五六蔵っていったな?
>五六:へ、へい。
>藺:悪く言って済まなかった。俺のことが呆れたってんならお三千を連れてっちまっても構わねえ。お前ぇさんを信じるよ。だが、もしも許して呉れるんなら・・・
>五六:自分の間違いを認めるってことが、一番勇気のいることなんでやすよ。・・・な、そうじゃあねえかい、お三っちゃん?

お三千は五六蔵に名前を呼ばれて、恥ずかしそうににっこり笑った。
嬉し涙が溢(あふ)れ出してきていた。

>藺:そうか。有り難(がて)え。・・・そういうことなら、おーい、お糸、酒だ酒を用意しろ。
>三千:五六蔵さん、上がっていって。
>藺:お三千、お前ぇもぼさっとしてねえで、母ちゃんの手伝いをしてこい。
>三千:あいよ、お父つぁん。

お三千は勇んで奥へ下がっていった。

>藺:・・・世間様の評判は嘘じゃあなかったようだな。まったく、源五郎の野郎、良い弟子を持ちやがったな。
>五六:うちの親方のことはご存知なんでやすかい?
>藺:ずうっと昔にな。棟梁の源蔵さんには大分(だいぶ)世話になった。ただおろおろして見てるだけの俺を引っ立てて、お三千を医者んとこまで負(お)ぶってって呉れなすった。
>五六:へ? こりゃまた、偶然でやすねえ。
>藺:偶然なもんか。
>五六:と、仰いやすと?
>藺:俺はな、言っちゃあなんだが、お前ぇさんの兄貴分の熊五郎にお三千をやりたかったんだ。
>五六:本当なんでやすかい?
>藺:済まねえ。腹を立てねえで呉れ。お糸にそれとなく源五郎の名前を切り出すように仕向けたんだ。俺の勝手な高望みよ。・・・だが、源五郎は熊五郎じゃなくって、お前ぇを選んだ。その上、お三千もお前ぇを選んだ。そういうこった。何の支障もねえ。
>五六:そんなことだったんでやすか。
>藺:おれはそういう姑息(こそく)な野郎だ。
>五六:あっしは別にそうは思わねえですよ。それだけ、お三っちゃんのことを気に掛けてたってことでやすからね。
>藺:お前ぇ、顔に似合わず優しい男だな。
>五六:止してお呉んなさいよ。そんなこと言われると鳥肌立(だ)ちやすぜ。
>藺:はっは。こりゃあ、案外良い婿を拾ったかも知れねえな。今度お三千には出来(でか)したって言っとくよ。
>五六:そりゃあどうも。はは・・・。しかし、初めはどうなることかと思いやしたぜ。
>藺:人間なんて不思議なもんだよな。俺もどっちかってえと偏屈って言われる男だってのに、こんな掌(てのひら)を返すみてえに、あっさりと態度を変えちまうとはな。
>五六:うちの親方が言ってやした。間違いを犯すと人はすぐ責めるけど、間違いを正すのを誉(ほ)める人ってのは中々いねえ。あっしは、この親方ならきっと誉めてくださるって、そう信じて付いて来ようと思いやした。藺平父つぁんも、今、誉められて良いようなことをしたんでやすよ。
>藺:勿体ねえ・・・
つづく)−−−≪HOME