139.【き】 『雉(きじ)も鳴(な)かずば撃(う)たれまい』 (2002/07/29)
『雉も鳴かずば撃たれまい』[=獲(と)られまい]
無用な発言をしなければ、禍(わざわい)を招かずに済むということ。余計なことをしたばかりに、己に災害が降り懸かること。
類:●鳥も鳴かずば撃たれまい●口は禍の門
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「これが飲まずにいられるかってんだ」と、八兵衛は半(なか)ば投げ遣りである。
「だるま」へ行って飲み始め、現実を忘れるほど酩酊(めいてい)してしまおうという魂胆である。
そうなるであろうということは、あやもすっかりお見通しで、「八兵衛さんには内緒にね」と、熊五郎にこっそり飲み代(しろ)を預けていた。

>八:四郎、今日は手前(てめえ)の驕(おご)りだからな。
>四:は、はあ・・・
>熊:八よ、お前ぇの気持ちは分からねえでもねえがよ、兄弟子であるおいらとお前ぇの方が、四郎に振舞い酒をしてやるのが筋だろ。
>八:五月蝿(うるせ)えや。おいらの可愛らしい心がずたずたになってるのが見えねえのか?
>三:おいらには見えやせんが。
>五六:八兄いの心がそんな柔(やわ)だとは思えねえんですがね。
>八:ああ、五六蔵にまで馬鹿にされようとはな。ああ情(なさ)けねえ
>五六:そいつは、あっしの心の臓には毛が生えているって意味でやすか?
>八:その上、凍(こお)り付いていやがるんだろうよ。
>五六:酷(ひで)え言いようでやすね。
>熊:まあ、悲劇の主人公でも演じてるつもりなんだろうよ。勝手にやらしとけ。・・・そんなことより、目出度(めでて)え話なんだから、松吉や半次も呼んできてやったらどうだ?
>八:お前ぇがお足を出すってんなら、お咲坊や与太郎も呼んでやれ。いっそのこと太助を呼びゃあ、店の食いもんを全部平らげて呉れるだろうよ。
>熊:かあ、こいつ本当に捻(ひね)くれちまいやがった。

兎も角、祝い事は大人数の方が良かろうと、長屋の連中に片っ端から声を懸けてくるよう、三吉が使いに出された。
八兵衛は、早くも、独り手酌(てじゃく)で飲み始めていた。

>五六:ときに、そのおよねさんってのは、どんな娘さんなんだ? 年は幾つだ? 色白か? お多福か?
>四:おいらの記憶じゃあ、年は4つ下だから、20と3、4じゃねえかと思うんですけど・・・
>八:なんだと? ぴちぴちじゃねえか。
>五六:年だけじゃ分からねえですよ。・・・それから?
>四:色は白いというよりも、頬っぺたに赤味が残るような感じで。
>五六:子供じゃねえんだからよ。お前ぇ、最後に会ったのはいつ頃だ?
>四:かれこれ10年は経つから、およねが13かそこいらじゃねえかと・・・
>五六:そんなんじゃ全然分かんねえじゃねえか。
>四:どうせ畑仕事ばかしの筈だから、真っ黒に日焼けしてるんでしょうね。
>八:末成(うらな)りのお前ぇにゃぴったりだよな。釣り合いが取れて結構なこった。
>五六:八兄い、一々恨めしそうに口を挿まないでくださいやし。
>八:仕方がねえだろ。お前ぇたちが寄って集って羨(うらや)ましげな話ばかり持ち出すんだからよ。態(わざ)とぐさぐさ刺さるようなことを聞いてるんじゃねえのか?

>五六:熊兄い、こいつぁあよっぽどですぜ。何か慰(なぐさ)める手立てはねえんですかい?
>熊:お夏坊でも来りゃあ少しは収(おさ)まるんだろ。放っとけよ。変に慰めようなんて気を起こしてみろ、反対に噛(か)み付かれるぞ。
五六:熊兄いがそう仰(おっしゃ)るんでしたらそうしやすが・・・
>八:それで、四郎? そのおよねちゃんは、醜女(しこめ)なのか、不美人なのか、器量が今一つなのか、その辺のとこをはっきりしろ。
>五六:八兄い、そいつぁあ誘導尋問ってやつですぜ。(


やがて、長屋の連中がどやどやと入ってきた。
松吉と菜々は良いとして、半次にお咲に、与太郎に太助まで付いてきた。更に、酒の飲めない六之進と定吉までである。

>熊:六さん、祝って呉れるのは有り難えんだが、へべれけになったりしねえようにして呉れよ。
>六:真逆(まさか)ここまで来た者を追い返したりなどせんだろうな? それに、今日は秘策があるのだ。
>熊:またですかい? 巧くいった例(ためし)なんかねえじゃねえですか。
>半次:六さん、今日はどんな手を使うんだい?
>六:うむ。・・・親爺、済まぬが、天婦羅を揚げた滓(かす)を醤油に漬(つ)けて出して呉れぬか?
>亭主:滓だけで良いんで? 今日は珍しく良い鱚(きす)が入ってるんですけど。
>八:それじゃあ、おいらがその身の方を貰う。六さんにはその滓の方だけ遣れば良い。
>熊:お前ぇ、そりゃあ幾らなんでも酷(ひど)過ぎやしねえか?
>八:だって滓をご所望(しょもう)なんだろ? 望み通りにしてやりゃ良いじゃねえか。それによ、親爺だって滓だけ作る訳にもいかねえだろう?
>亭主:さっきの余りなら売るほどあるよ。お夏ちゃんが来たら残りを揚げようかと思ってたんだ。
>八:そうかい。そんじゃ、おいら、お夏ちゃんと仲良く半分こにして貰おうかな。お前ぇらにゃ分けてやらねえ。
>熊:お前なあ・・・
>半:八の奴、どうかしたのか?
>熊:僻(ひが)んでやがるのよ。女々しいったらありゃしねえ。
>半:僻むって、四郎のことをか? 馬鹿じゃねえのか?
>八:なんだと? お前ぇにおいらの辛さなんか分かるもんか。
>半:何を卑屈になっていやがる。まだ嫁も貰えてねえのはおいらも熊も一緒じゃねえか。なんでお前ぇだけが辛いなんて言える?
>八:・・・あ、そっか。お前ぇも独り身で、宛てなしか?
>半:宛てなしは余計だ。

そんな遣り取りをしている間にも、太助は凄まじい勢いで物を食べていた。
三吉も、使いに行っていた分を取り返そうとでもするかのようにがぶ飲みしていた。
そんな食いっ振り・飲みっ振りを、六之進と定吉は羨望の目で見ていた。

>咲:四郎ちゃんが所帯を持つのかあ。なんだかぴんと来ないわね。
>熊:頼りねえとかって言うのは止せよ。
>咲:あら、熊さんも僻み?
>熊:冗談じゃねえ。可愛い弟弟子が身を固めるってのを僻む兄弟子が何処に居るってんだ。
>咲:ここに。
>熊:こいつは特別だっての。
>咲:でも良いなあ。なんだか、あたしも早くお嫁に行きたくなっちゃった。
>六:こ、これ、咲。お前はまだ16ではないか。まだまだ早過ぎる。
>咲:父上ったら、そればっかり。後生大事に取って置くなんてことになったら、直ぐにお婆ちゃんになっちゃうからね。
>六:何もそこまで引き止めておくつもりはないが・・・
>定:貰い手が居るうちに出しちゃった方が良いかもしれませんよ。うちの姉も下手(へた)をすると・・・
>熊:なんだよ、定吉。お杉ちゃんならまだまだ盛りじゃねえかよ。
>定:とんでもないですよ。ああは見えますが、姉はもう25ですよ。
>熊:なんだと? 長屋に来たときはまだ精々12かそこらだったじゃねえか。
>定:あたしが5つのときですから、もう13年になります。気が付きませんでしたか?
>熊:そうか、気が付かなかったな。そうか、もう25か・・・
>咲:なによ。鼻の下なんか伸ばしちゃって。妙なことを考えてる訳じゃないでしょうね?
>熊:な、なんだよ、妙なことって。
>咲:知らない。

>八:痴話喧嘩なら外でやってくれ。
>六:ち、「痴話喧嘩」とは聞き捨てならぬぞ。
>咲:父上は黙って酔っ払っちゃいなさい。
>六:なんと。仮にも親たるものに向かってその言いようはなんだ。母上が生きておれば嘆いておることだろう。
>咲:またそれ? 父上は頭が堅過ぎるのよ。
>六:堅物の何処が悪い。ああ結構だとも。儂(わし)は自他共に認める石頭だ。天下無敵の
唐変木だ。
>半:おっ、開き直りやがったぞ。面白いからもっとやれ。
>熊:六さん酔っ払っちまったんじゃねえか?
>六:何を言う。儂はこの通り、これっぽっちも酔ってなどおらん。
>咲:どうやら今度の秘策も外れだったみたいね。半次さん、今夜も宜しく。
>半:なんでおいらなんだよ。熊でも八でもいるじゃねえか。
>咲:ふうん。・・・良いわよ。今夜は定ちゃんにお願いするから。
>定:あたしですか?
>咲:だって、今日の集まりの主旨は、「お杉さんのお婿さん探しについての話し合い」なんだもの。それくらいして貰っても良いじゃない。
>熊:いつからそういう主旨に変わったんだ。今日は四郎の祝いじゃなかったのか?
>咲:良いじゃない。纏(まと)まったとこよりこれからのとこって言うじゃない。
>熊:言わねえよ、そんなこと。

>八:なんだ? おいらにも明るい将来が見えてきたのか?
>熊:なんだと? 真逆お前ぇ、お杉坊となんてこと考えてる訳じゃねえだろうな。
>八:この際、お杉坊だろうと、お咲坊だろうと構わねえよ。
>咲:「この際」ですって? 女を馬鹿にするのも好い加減にしなさいよね。・・・そんなこと言ってるんなら、もう八つぁんには誰も紹介してあげない。
>八:そ、そんなに怒るなよ。冗談だからさ。な、お咲坊。
>咲:駄目。捻くれてばかりいるような女々しい人に、紹介するような友達はあたしには居りません。
>八:そう言うなよ。頼むよ。
>咲:もう遅い。お夏ちゃんにもちゃんとそう伝えとく。
>八:お夏ちゃんに言うのばかりはご勘弁を。
>咲:駄目。見損なったわ。
>八:なあ熊よ、頼むから口添えしてくれよ、な。
>熊:知るか。明日の四郎の祝言で、腹踊りでもしてみせたら少しは考えてやっても良いがな。
>八:するする。そんなんで良いんなら臍(へそ)でも尻でもなんでも出すぞ。
>熊:尻は出すなっての。

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時代考証を多分誤まっています
誘導尋問」は現代の法廷用語であり、この時代の庶民が話す言葉ではないと思います。
が、適当な言葉が見付からなかったので、このまま使います。(上へ戻る