128.【か】 『画龍点睛(がりょうてんせい)』 (2002/05/13)
『画龍点睛』
最後に大切な部分を付け加えて、ものごとを完全に仕上げること。ものごとの眼目、中心となる大切なところ。完璧なものにするための、最後の仕上げ。
類:●竜を画いて睛を点ず
故事:「歴代名画記−七・張僧g」「安楽寺四白竜、不点眼睛。毎云、点睛即飛去」 中国(梁)の張僧g(ちょうそうよう)が、金陵の安楽寺の壁に竜の絵を描き、最後に瞳を書き入れたら、忽ち竜が天に飛び去った。
出典:歴代名画記(れきだいめいがき) 晩唐。853年頃。張彦遠(げんえん)。中国の従来の画論画史を大集成したもの。
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五六蔵が与志兵衛に対して、己(おのれ)の志(こころざし)を滔々(とうとう)と語っていた頃、八兵衛は「腹減ったー」と溜(た)め息を吐(つ)いていた。

>八:親方あ、なんか食いもんを出して貰うって訳にいきやせんか?
>源:お前な、五六蔵がどういう目に遭(あ)わされてるか分からねえってのに、良く飯なんか食えるな?
>八:そりゃあおいらだって心配ですよ。ですが、心配すればするほど腹が減るんですよ。おいらの腹の造(つく)りは格別なんでやすかねえ?
>源:そんな道理があるか。・・・もう半時(はんとき=約1時間)もすりゃあ戻ってくるから、大人しく待っていやがれ。
>八:半時もでやすか? 乾涸(ひから)びちまいますよ。
>熊:勝手に乾涸びてろ。・・・ねえ親方、棟梁はほんとに何も聞いてなかったんでやすか?
>源:そうらしい。もっとしっかりして貰いてえもんだぜ、まったく。
>熊:一黒屋さんも、名の通ったお人でしょうから、変な真似(まね)はしてないでしょうけど。
>八:分からねえぞ。だって考えてもみろ、寝込みを襲ったり、文(ふみ)を石ころに包(くる)んで投げ付けたりするのが正面(まとも)なお人か?
>熊:そりゃあそうだろうけどよ・・・
>八:やくざ紛(まが)いの番頭とか手代がいるとしたって、ちょいと酷(ひど)過ぎやしねえか?
>松:真逆(まさか)、淡路屋んとこの権太とかいう野郎じゃあるまいし。そうそう悪い番頭ばかりはいねえだろ。
>八:何を言ってやがる。店主が隠居した後の番頭なんてものは、揃いも揃って業突く張りだって相場は決まってる
>熊:お前ぇ、豪(えら)く喧嘩腰だな?
>八:人間、腹が減ると気が立ってくるものなの。
>源:分かった分かった。食わしてやるから、もう少し穏(おだ)やかにしてろ。

八兵衛は、あやがよそってきた丼飯に齧(かぶ)り付いた

>源:それにしても、なんで五六蔵なんだ? 俺だったら、手が掛からなそうな四郎を選ぶけどな。
>八:唸(うな)るほど銭を持ってる人ってのは、何を考えてるか分からないもんでやすね。やっぱり、臍(へそ)が曲がってるんでしょうね。きっと、旋毛(つむじ)も曲がってますぜ。
>熊:・・・あれ? そういえば、四郎はどうした?
>三:あっ、いけねえ。すっかり忘れてた。
>八:同格の三吉に忘れられるとはな。四郎の奴、よっぽど影が薄いんだな。
>熊:笑い事じゃねえぞ。三吉、呼びに行ってやれ。
>三:へい。
>八:道に迷うなよ。

三吉が走り去って間もなく、源蔵が戻ってきた。表情はそれほど重苦しくない。

>棟:今帰ったぞ。・・・おや? 松吉まで来てたのか?
>松:へい。これでも一応義理の弟でやすから。
>棟:そう言えばそうだったな。
>源:五六蔵はどうしたんだ? 連れ帰っちゃこなかったのか?
>棟:ああ。渡して呉れなかった。・・・というよりも、泣き付かれちまったから、無理強(じ)いはしてこなかった。
>源:泣き付くって? 襤褸雑巾(ぼろぞうきん)みてえになるまでこき使われてなんかいねえんだろうな?
>棟:ああ。八兵衛が食ってる猫飯(ねこまんま)とは大違いの、豪勢な朝飯を出されてたよ。
>八:なんでやすってぇ? 豪勢な飯? 聞き捨てなりませんね。
>源:お前ぇは黙って猫飯を食ってろ。・・・親父。ってことは、酷い扱いを受けてる訳じゃねえんだな?
>棟:ああ。「息子にしてえ」だとさ。
>源:なんだと? ・・・息子だあ?
>松:なんてことに・・・
>棟:五六蔵が「誂(あつら)え向きの倅(せがれ)」像なんだとよ。例の瓦版のときっからの。
>熊:「コロ助物語」でやすか?
>棟:ああ、そうだ。一黒屋さんの話を聞いてたら、なんだか途中っから馬鹿馬鹿しくなっちまってな、五六蔵に「暫(しばら)く厄介になっていろ」って言っちまったんだ。
>源:あのなあ・・・
>棟:まあ良いだろう? どうせ、柳町は今日で終(しま)いなんだ、明日っから一黒屋へ行くことになるんだからよ。
>八:そうすると、五六蔵の野郎は、今日一日狡(ずる)休みってことになるんですか? 贅沢なもん食って、「倅や」なんて
猫撫で声掛けられて。
>源:今日だけだ。大目に見てやろう。
>八:ああ、なんでおいらじゃなかったんだろうな? おいらなら即答で「倅になりやす」って答えちまうだろうな。

>源:それで? 五六蔵はそのことについてなんとか言ってたのかい?
>棟:ああ。お前ぇらにも聞かしてやりたかったねえ。俺(おりゃ)あ、五六蔵のことを見直したぜ。
>源:なんだって宣(のたま)いやがった?
>棟:「田舎の父と母をこの上なく愛して居り、捨て台詞(ぜりふ)して村を後にしたことを悔(く)いている。故郷に錦を飾ろうなどと大それたことは考えていないが、ここに御座(おわ)す棟梁のご指導の元、一端(いっぱし)の大工となることこそ、罪滅ぼしの道と心得ています」と、こう来たもんだ。
>八:棟梁、話を作ったりしちゃいませんか?
>棟:何を言う。出任せでこんな話を言ったからって、俺になんの得になる?
>八:でも、五六蔵の奴の口から「愛して居り」だとか「御座す」なんて言葉が出てくるとは思えねえんですがね。
>棟:はは。そのくらいは脚色(きゃくしき)させて貰っても良かろう? 「親への罪滅ぼし」っていう大筋は変わらねえんだからよ。
>八:なるほど、脚色でやすね。
>熊:五六蔵がねえ・・・

>源:まあ良い。要は、倅になんかなるつもりはねえっとことだな。
>棟:お前ねえ、もうちょっと感慨とか感激ってもんがねえのか?
>源:当たり前のことを言っただけだろう? それだけじゃねえか。
>棟:かあっ、こいつには心ってもんがねえのかね? こんな冷血漢に育てちまって俺は悲しいよ。
>源:ほざいてやがれ。・・・さ、さっさと飯食って出掛けようぜ。
>棟:ははあ、お前ぇ、自分の名前が出てこなかったもんで、やっかんでやがるんだろう?
>源:そんなんじゃねえって。
>棟:ああそうだ。肝心なことを漏(も)らしちまったぜ。「あのまんまちんぴらを続けてたら、曾(ひい)爺ちゃんの死に目にも会えなかったし、田舎の敷居だって跨(また)がしちゃ貰えなかった。源五郎親方には一方(ひとかた)ならず世話になった。」 そう言ってやがった。
>源:そうか。

源五郎とて、弟子から有り難がられて嫌な気はしない。にやけた顔を弟子たちに見られるのも癪(しゃく)なので、仏頂面で「四郎が来たら出掛けるぞ」と言って、自室へ引っ込んだ。
そこへやってきた三吉と四郎は、尋ねる機会も与えられないまま、追い立てられるように朝食を食べ、尻を叩かれて現場へと向かった。

>八:しかし驚いたよなあ。五六蔵を倅にしてえなんていうとち狂ったお人がいるもんなんだなあ。
>熊:そりゃあ、「蓼(たで)食う虫も好き好き」だからな。
>八:なんだ「建具(たてぐ)に虫」って? 呉服屋の隠居とは関係ねえじゃねえか。建具のことなら松つぁんに言えってんだ。
>松:「建具」じゃねえよ、「蓼」だ。それに、飾り職と建具師はな、殆(ほとん)ど関わりはねえの。
>八:そうなのか? おいらまた、いつも半次と連(つる)んでるから、引手(ひきで)金具でも細工してるのかと思ってたぜ。
>松:襖(ふすま)の引手に銀(しろがね)を被(かぶ)せる話なんか聞いたこともねえ。そんな成金(なりきん)がいるもんならお目に掛かってみてえもんだぜ。
>八:五六蔵を訪(たず)ねていけば、その成金に会えるぜ。なんてったって、「倅の弟」なんだからよ。
>松:だから、五六蔵は断(ことわ)ったって言ってんだろ。況(ま)して俺は、唯の喧嘩仲間だ。そんな変な爺さんとは、これっぽっちも関わりはねえし、金輪際関わりたくもねえ。
>八:でもよ、「金に糸目は付けねえ」ってんだぜ。飾り箪笥だろうが、五月飾りだろうが作っちまえば買い取って呉れるぞ。
>松:五月人形なんか誰が作るかよ。
>八:そうか? ・・・ならよ、いつものように簪(かんざし)を作れば良い。大店(おおだな)のご隠居ならよ、色女の1人や2人、必ずいるだろうからよ。
>熊:そんなの分かるもんか。
>八:昔っから良く言うじゃねえか。「大商人(おおあきんど)は色を好む」ってよ。
>熊:それを言うんなら「英雄」だ。それにご隠居って言うくらいだからもう好い年なんだろ? 松つぁんの出る幕はねえよ。
>松:仮に罷(まか)り間違って注文があったとしても、おいら手を抜いて数だけ揃(そろ)えるなんてことはできねえからな。生半可なものなんか作って、そいつがおいらの作だなんて触れ回られたら、おいらの腕を見込んでくだすってる常客さんたちに申し訳が立たねえ。
>八:常客さんたちにだって、違いなんか分からねえんじゃねえのか?
>松:だからお前ぇは浅墓(あさはか)だってんだ。作るのは職人だが、見るのはお客さんたちだ。
>八:当たり前ぇのことじゃねえか。
>松:そうじゃねえよ。できた物を見定めるのはそれを使う者だってことなのさ。つまり、作った者より買う者の方が優(すぐ)れてるって訳だ。それが物の道理ってことよ。
>八:「もの」ばっかりで、何がなんだか、益々分からなくなっちまったじゃねえかよ。
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