115.【か】 『瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず』 (2002/02/12)
『瓜田に履を納れず』
瓜畑では屈むと瓜を盗むと疑われるので、履が脱げても履き直すなという意味から、疑われ易いことはするなということ。
参考:「文選−古楽府・君子行」「君子防未然、不処嫌疑間、瓜田不納履、李下不整冠」から出た語。
類:●瓜田の履●瓜田李下(りか)李下に冠を整(ただ)さず
出典:古楽府(こがふ) 唐代に作られた新しい楽府に対し、六朝以前の古い楽府をいう。「楽府(がふ)」は、民間で歌われていた歌謡のことで、詩人が作った「詩」と区別されてこう呼ばれた。
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効果があるかどうか分からない「厄(やく)落とし」に1分(ぶ)もの大枚(たいまい)を吹っ掛けられた源五郎たちは、勘定高い坊さんの申し出を受けて、「豆撒(ま)きの鬼」の役をすることになった。

>熊:姐(あね)さんを連れてきてなくて良かったですね。
>源:あいつならまだ良い。親父と母ちゃんに見られたら、生涯お笑い種(ぐさ)にされてたとこだ。
>八:お夏ちゃんたちが帰った後で良かったぜ。こんなとこ見られたら百年の恋も冷(さ)めちまう
>熊:誰が誰に恋してるって? へっ、ちゃんちゃら可笑しい
>八:なんだよ。お前ぇだって、お咲坊にこんな姿を見られたくねえだろ?
>熊:おいらは別に、構わねえさ。親方のためだ。恥だなんて言ってられるかよ。
>八:粋がってやがるな、まったく。・・・それにしても痛えな。あいつら本気になって投げてるんじゃねえか?
>熊:何が「仏事神事の類(たぐい)」だよ。こちとら親の仇(かたき)でもなんでもねえってんだ、なあ。
>三:まあまあ。ここは親方のためでやすから。
>八:三吉、おいら、お前ぇのこと一生恨(うら)むからな。50文(もん)のとこで手を打っとけば良かったんだ。
>三:だって、親方と五六蔵兄貴の2人だけって訳にもいかないでしょ? 丸々1分払うか、ちょっとだけ恥ずかしい思いをして只(ただ)にするか、どっちかしかねえじゃありませんか。
>八:こんな情けねえ思いをするんだったら、おいらは1分払う方をお薦(すす)めしてたね。
>三:じゃあ八兄いが払ってくださるってんですか?
>八:あいや、おいらにゃそんな銭はねえからよ・・・
>三:ね? そうでしょう? 背に腹は変えられねえって奴ですよ。

こんなことなら一度戻って、費用を調達(ちょうたつ)してから出直すべきだったと、6人は後悔していた。
豆など直ぐになくなりそうなものなのだが、何故か、新しい1升枡(ます)を抱えた年男(としおとこ)たちが、入れ替わり立ち代わり登場するのだ。
更に、興(きょう)が乗ってきた参詣(さんけい)客の中には、小銭を投げる者まで出てきた。坊さんにとっては思う壺だが、投げ付けられる者にとっては、危険極まりない。
豆撒きは、悠に四半時(=約30分)続いて、漸(ようや)く終わった。

>八:あーっ、まったく酷(ひで)え目に会いやしたね、親方。
>熊:お怪我(けが)なんぞはしてねえですか?
>源:お前ぇたちが居たから幾らか分散したけど、1人だったら、今頃顔中が腫(は)れ上がって
二目(ふため)と見られねえような面(つら)になってたかも知れねえ。
>八:自慢のお顔が、ですかい?
>源:冷やかすんじゃねえったら。それじゃなくても、恥ずかしさで顔から火が出るようだってのに。
>熊:知り合いが居なかったことを願うばかりでやすね。
>源:ああ。万が一、元締め衆にでも知れたら、大目玉だろうな。
>熊:厄祓(やくばら)いの代金と交換の決まりだったなんて、口が裂けても言えませんよね。

>咲:なにそれ? そんな訳なの?
>熊:な、なんだよお前ぇ。驚かすんじゃねえよ。
>咲:聞いちゃったもんね。あやさんにご注進(ちゅうしん)しちゃおうっと。
>熊:ま、待てよ。半分は物の弾(はず)みなんだからよ。こっちから掛け合った訳じゃねえんだから。
>咲:あら、どっちが先だって後だって、とどの詰まりは同じことなんだもの。斟酌(しんしゃく)の余地はないわね。
>八:なあ、お咲坊。
>咲:なあに八つぁん?
>八:斟酌ってなんだ? 新茶の仲間か?
>咲:つまらないこと言ってないで、さ、行きましょ。
>熊:何処へだ?
>咲:そりゃあ決まってるじゃない。親方のお宅へよ。

>熊:お前ぇ、真逆(まさか)、姐さんに?
>咲:その真逆よ。あやさんに年頭(ねんとう)のご挨拶(あいさつ)にね。それから、新年会でしょ?
>八:流石(さすが)お咲坊、話が分かる
>咲:でも、ご報告はちゃあんとしますからね。それからと・・・
>熊:次はなんだ?
>咲:ええと、与太郎さんと太助さんが居たんだけど、どうしたのかしら?
>熊:あいつらも来てたのか?
>咲:ええ。瓦版(かわらばん)のねた探しですって。賑(にぎ)わうところには何かあるだろうからって。それから、ここのなんとかいうお坊さんから話を聞くことになってるんですってよ。
>熊:なんだと? もしかして、さっきの勘定高い坊様じゃねえのか?
>咲:なんでも、ちょっと変わった方らしいわ。別に、肉(しし)を食べるとか色を好むとかそういったものじゃないんだけど、「相当な生臭(なまぐさ)」って評判よ。

>熊:もしかして、おいらたちのことを瓦版に書こうってことじゃぁねえよな?
>咲:物凄く笑い転げてたから、有り得るわね。八つぁん目掛(めが)けてお捻(ひね)りを投げてたけど、気が付かなかった?
>八:なんだと? おいらに投げて呉れたものが、あの坊様のものになっちまうのか? 取り返してこねえと。
>熊:そんな小銭のことなんか放っとけ。このままだと、親方の評判が地に墜(お)ちちまう、ってことの方が肝心なんだぞ。
>八:あ、そうか。この際小銭になんか構っちゃいられねえってことだな。

捻(ね)じ込むにしろなんにしろ、厄祓いの祈祷(きとう)をしに行かなければならなかったので、お咲共々本堂へと向かった。
案の定(じょう)、例の坊さんに太助たちが張り付いて、あれこれ質問している。

>太:それで、撫道(ぶどう)様。中老という僧階から老僧に上がるのって、どのくらい大変なんですか?
>撫:そうですな、大きな声では言えないのですが、まあ、寺を建て替えるくらいの金銭が必要、とでも申しておきましょうか?
>太:へえ、それは凄いですね。お布施(ふせ)ってそういうところで使われるんですか。あっ、この件は書かない方が良さそうですね。・・・今日はどうもありがとうございました。出来上がりましたら、先にお持ちしますので。
>撫:こちらこそ・・・。おや? 先ほどの鬼の役の・・・
>八:太助、さっきの豆撒きの件は書かねえで呉れよな。
>太:あっ、八兵衛さん。ぷっ。おっかしかったなあ。きっと、大受けですよ。
>八:だから書くなっての。
>太:そんな勿体ない。そこいらの黄表紙本なんかよりよっぽど面白かったですよ。
>撫:・・・あの、お知り合いで?

撫道というその坊さんは、「寺の格を上げるために相当額のお布施を本山に上げなければならないのです」と、言い訳がましく語った。
勿論(もちろん)、どこまで真実かまでは、言っている本人でないと分からないが。

>源:それじゃあ、厄祓いをしていただきましょうか?
>撫:はい。よう御座いますとも。但(ただ)し、予(あらかじ)め言っておきますが、お祓いの後のお札(ふだ)は別代金ですからね。
>源:なんだと? あんな目に遭(あ)わせといて、そのくらい負(ま)からねえってのか?
>撫:はあ。管轄(かんかつ)が違うのですよ。お祓いは拙僧(せっそう)、お札は某(なにがし)、絵馬(えま)は某という具合いで。
>八:そのくらいなんとでもなるんじゃねえですか?
>撫:それがどうも、拙僧は下位の者ですので。
>熊:なんだか嘘(うそ)臭いな。
>撫:何を仰(おっしゃ)いますのやら。「信じる者は救われる
」と申すではありませんか。
>八:やっぱり、なんだか丸め込まれてるような気がしちまうな。

結局、特上のお札ということで、1朱(5千円)ふんだくられた。
太助の瓦版には、匿名(とくめい)とはいえ、鬼の絵姿が描かれるそうだし、年明け第一弾としては、決して良い始まり方ではなかった。
一行は、些(いささ)かしょんぼりして、源五郎の家に戻り、御節(おせち)でも突付きながら飲み始めようということになった。

>咲:取り越し苦労なら良いんだけど、あのお坊さんと関わったのは、良くないことだったような気がして仕方ないのよね。
>八:どういうことだ?
>咲:うーん、巧く言えないんだけど、なんとなく。
>八:女の勘ってやつか?
>咲:そんなようなもの。・・・与太郎さんから聞いた噂(うわさ)だと、妙なところと繋(つな)がりがあるみたいなのよ。
>熊:妙なところ? 役人か?
>咲:ええ。普請(ふしん)方のお役人。
>熊:何ぃ? 普請方と生臭坊主と大工だと? まるで仕組まれたみてえな図式だな。
>八:高々豆撒きの鬼をやっただけだぞ。
>熊:だがよ、悪く解釈すると、普請方に取り入橋渡しをあの坊様に頼んだってことになり兼ねねえぞ。
>八:止(よ)せやい。勘繰(かんぐ)り過ぎだよ。
>咲:そうよね。考え過ぎよね。・・・確かに、疑われるたねの1つではあるけどね。
>源:この話はもうこれくらいにしようぜ。頭痛がしてきた。
>八:まったく、厄落としに行って厄介事(やっかいごと)を貰ってきちまうとはねえ。
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※お詫び
時代考証を誤っています。
 「信じる者は救われる」は、元々、キリスト教で使われたもので、日本で言われるようになったのは、明治以降だと言われています。