124.【か】 『亀(かめ)の甲(こう)より年の功(こう)』 (2002/04/15)
『亀の甲より年の功』[=劫]
「劫」は極めて長い時間のこと。「甲(こう)」を同音の「劫」にかけて言った言葉。人間にとって大切なことは年劫を経ることだ。長年の経験は尊(とうと)いものである。
類:●烏賊の甲より年の劫老いたる馬は道を忘れず●The older, the wiser. ●Years bring wisdom.●Sense comes with age.(分別は年と共につくものだ)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
参考:この諺が成立したのは、「甲(かふ)」と「劫(こふ)」のような、開音(かいおん)と合音(ごうおん)の区別が失われた江戸時代以後と考えられる。
*********

さて、「蜥蜴(とかげ)の尻尾切り」をするように仕向けるのはどうすべきか、ということである。
のんびりしていては、総元締めが決めた期限に間に合わない。

>熊:ご隠居様、時(とき)がないからずばっと聞いちゃいますが、若年寄にどうやって「尻尾切り」をさせるんでやすか?
>内:まあ、あたしに任(まか)せといてくださいな。
>八:あ、分かった、上様に言うんでしょう?
>内:八つぁん、そんなことをしたら大事(おおごと)になるって言ってるじゃないですか。
>八:大奥のことを言わないでおけば、なんてことねえでしょ?
>内:今回はなんでもなくたって、やがて大事になるでしょうね。なんといっても、大奥の不祥事は即(すなわ)ち上様の不始末ですから。
>八:若年寄とかご老中とか、お城ん中の人たちのことでしょ? そんなこと、知ったこっちゃありませんや。
>内:まあ、そう言いなさいますな。
>熊:そうだよ、八。もう関わっちまったんだから、終(しま)いまで面倒を見ようじゃねえか。
>八:おいらは親方と棟梁が無事なら良いの。後は野となれ山となれだ。
>咲:八つぁんって冷たいのね。あたしは最後まで混ざるわよ。
>熊:お咲坊は止(や)めとけったら。
>内:まあ良いではありませんか。お咲さんもお夏さんも頼りになります。・・・ねえ、八つぁん。昔馴染みのお福の方様が悪いことに巻き込まれようとしているんですよ。ここで「知らん振り」では男が廃(すた)るんじゃありませんか?
>八:おいら別に、廃(すた)れて困るような「男」なんか持ち合わせちゃいやせんから。

>内:はは。随分投げ遣りに言いましたね。では、こうしましょう。八つぁんには別のことを頼みましょうか。
>八:別のって、どんなことですかい?
>内:間もなくここに、ある男が来ます。年回りは、お前さんと同じくらいです。その人の話し相手になってやってください。
>八:唯(ただ)話をしてやってれば良いんですかい?
>内:はい。ずっととは言いません。春には遠くへ行かなければならないそうですから、それまでの間だけです。
>八:そんなんで良いんですか? 
>内:だって仕方がないじゃありませんか、八つぁんは政(まつりごと)のことなど「知ったこっちゃない」って言うんですから。
>八:そりゃあそうですよ。若年寄が1人いなくなろうと、ご老中が新しい人に代わろうと、おいらたちにはなんのお零(こぼ)れもねえですからね。精々(せいぜい)お堀の水が臭(にお)わなくなるとか、真っ直ぐな道が普請(ふしん)されるとか、そんなとこでしょ?
>内:なるほど。一理ありますね。・・・件(くだん)の男というのは、青山というお人なんですが、今みたいな話をすると殊(こと)の外(ほか)お喜びになるんです。

>八:青山様ってえと、お武家様ですか?
>内:とっても気さくな方です。
>三:・・・あの? もしかしてその青山様って、皿屋敷の青山様とは全く関わりはありませんよね?
>内:あちらは青山主膳(しゅぜん)といって、お旗本(はたもと)ですから、一切関わりはありませんよ。勿論(もちろん)、お菊さんも平塚の宿(しゅく)の人だそうですから、全くなんでもありません。
>三:悪いもんを思い出させないでくださいよね、ご隠居様。昨日から変なことばかりで、おいら気弱になってるんですから。

そんな無駄話に逸(そ)れていこうとしていたところへ、女中が顔を覗かせ、「青山様がお出(い)でになりました」と告げた。
案内されてきたのは確かに、八兵衛たちとそれほど変わらない年恰好(としかっこう)の武士だった。

>内:青山様、どうぞこちらへ。身分がどうのなどという余計な話はご無用に願いますよ。
>青:また戯言(ざれごと)を。来た早々私の頑迷(がんめい)さを論(あげつら)わずとも良いではありませんか。見れば、梅の精の如きうら若い乙女たちまで居るというのに、恥を掻かさないでいただきたいですな。
>内:はっは。・・・こういうお人ですよ。話が合いそうでしょう、八つぁん?
>八:へい。でもね、こっちの方はどうでも良いんですがね、ご隠居。小豆(しょうど)の旦那と比べたら、なんだかもっと上の方みたいで、おいら粗相(そそう)しちまうんじゃねえかって、ちょっと落ち着かねえですね。
>内:青山様。この人は八兵衛さんと申しまして、大工を生業(なりわい)としておりますが、然(さ)るお方とも親しい、不思議な人です。案外話が合うと思いますよ。
>青:なに、あのお方と? ほう、それは面白(おもしろ)い。八兵衛とやら、苦しゅうない、近(ちこ)う。
>八:へ、へい。・・・なんだか調子が狂っちまいますね。
>青:そうか? まあそのうち慣れよう。
>八:そうでやすね。・・・それじゃあ、青山様はご隠居のところに暫(しばら)く泊まりなさるんでやすか?
>青:そのつもりじゃ。ちと、相談事もあるでな。・・・のうご老体。
>内:そのことなのですが、実は、相談事は八つぁんが聞いて呉れるというのです。・・・そうですよね、八つぁん?
>八:銭と女以外のことでやしたら、大方のことはなんとかしやしょう。
>青:ほう、そうか。・・・成る程、面白い。あのお方が気に入るのも尤(もっと)もである。

青山は一行の面構(つらがま)えを一通り見回して、少し物足りなそうではあったが、内房に何か考えがあるのだろうと信じて、話してみることにした。
「それでは」と、八兵衛に向かって仔細(しさい)を話し始めた。
内容はこうである。
嘗(かつ)て寺社奉行所で勤めていた時分に配下だった者が、思わぬ難癖(なんくせ)を付けられて困っている。唯、その言い分というのが、政道に照らし合わせてみれば、確かに罪と取れないこともない。普通なら揉(も)み消してしまえることなのだが、今回のことには幕府の要職にある者が絡(から)んでいるらしい。咎(とが)というのは皆が当たり前のこととして慣例的に行なわれてきたことであり、突き詰めれば全員が罪人ということにもなり兼ねない。そもそも、その1人の与力だけが、何故(なぜ)槍玉に上がったのか、そこからして納得(なっとく)がいかない。

>内:ねえ、小豆様。寺社奉行所の与力とは誰のことを指しているのか、お分かりですね?
>小:やはり、拙者(せっしゃ)の弟なのですか?
>青:なんと。こちらのお役人が、家島(いえじま)の兄者(あにじゃ)なのですか?
>八:するってえと、「幕府の要職の或る人」ってのは、堀田摂津守(せっつのかみ)でやすね?
>青:なんだお前たち。大工などが何故そのように、幕府の内情の如き微妙な事どもを言い当てられるのだ?
>八:まだ有りますぜ。このことに関しちゃあ、大奥のお方様たちの色遊びや縄張り争い、それに、坊様たちの布施(ふせ)集めのことまで絡(から)んでる。そうでしょ?
>青:うむ。儂(わし)もそのことは考えて居った。・・・しかし驚いた。
>八:そうでやしょう? おいらなんか、もう、青山様が女中に連れられてこの部屋に顔を見せた途端(とたん)に、ぴぃんと来ちまいましたからね。きっと、おいらのことを必要としていなさるってね。それに、こういう微妙なことは、おいらみたいな一見暢気(のんき)そうな野郎の方が巧く立ち回れるんですよ。・・・ねえ、ご隠居。ご隠居もそう思うでしょう?
>内:はいはい。やっぱり青山様にを救えるのは八つぁんしかいませんね。
>八:その通り。やっぱりご隠居は良いこと言うわ。・・・で? おいら一体何をしてあげたら良いんでしょうかねえ?
>内:そうですねえ。青山様に摂津守とお会いになることをお薦(すす)めしてはどうです?
>八:そんなんで良いんですか? ・・・それに、それじゃあおいらの出る幕がないじゃありませんか。
>内:大丈夫ですって。坊さんのお頭(つむ)をぽかりとやるようにできれば良いんでしょう?
>八:ええまあ、そりゃあ、そうでやすがね。なんだか、物足りねえな。・・・例えばですよ。そうですね、摂津守の向こうっ面に拳固(げんこ)をお見舞いするとか・・・
>内:お城の中の人たちとは関わりたくなかったんでしょう?
>八:そんなの、昔の話じゃねえですか、ね、ちょっとくらい混ぜて貰っても良いでしょ?
>内:駄目(だめ)ですよ。・・・少なくとも、今回は駄目です。もしかすると、お福の方様のときには、出張(でば)って貰うかも知れませんけど。
>八:ほんとですね? 今の言葉、忘れないでお呉んなさいよ。

熊五郎たちは、呆(あき)れ返って八兵衛の様子を見守っていた。
掌(てのひら)を返す」というのは、正(まさ)にこういうことである。
尤も、視点を替えれば、内房老人の手の内 丸め込まれたということである。
この場合、八兵衛の好い加減さよりも、内房の言葉の巧みさの方を誉(ほ)めるべきなのだろう。

>内:忠裕(ただやす)殿。お願いできますかな?
>青:そんなことで済むのでしょうか?
>内:いいえ。残念ながら済みはしますまい。ただ、摂津守が正(まさ)に今為(な)さんとしていることを阻止(そし)できるのです。恐ら怒りも心頭(しんとう)に発することでしょう。
>青:そうですね。怒りは平常心を失わすものですからな。やがて襤褸(ぼろ)も出しましょう。

>熊:・・・あの、できることでしたら、明後日(あさって)までに親方の濡れ衣(ぎぬ)を晴らしたいんですが。
>内:その点はご安心なさい。摂津守も
尻尾を掴(つか)まれる訳にいかないでしょうから、さっさと手を引くことでしょう。家島様の一件は「不問」ということになるでしょうから、撫道(ぶどう)を糾弾(きゅうだん)していただけるよう、青山様から口添えして貰いましょう。
>熊:そこまでしていただけるんでやすか?
>内:青山様、良う御座いますな?
>青:無論(むろん)です。そもそも政事のごたごたが元なのですからね。遺憾(いかん)なきように取り計らいましょう。それに、この者たちには、また何かと働いて貰わねばならないようですからね。
>熊:ご高配、忝(かたじけな)いことでやす。

>内:八つぁんには、腹の探り合いみたいで、まどろっこしいでしょうけど、まあ、我慢してくださいね。
>八:微妙なことなんでやしょう? 仕方ねえじゃありませんか。
>内:分かって呉れますか?
>八:だって、厄年(やくどし)ってものは本人より弟子に降り掛かるもんでしょ? 親方のためならエンヤコラ(
)でやすよ。ま、気長に行きやしょう。
>熊:弟子じゃなくって、親だっての。
(第13章の完・つづく)−−−≪HOME

お詫び
時代考証を誤っています。
「父ちゃんのためならエンヤコラ」は、丸山(三輪)明宏さんの『ヨイトマケの唄』昭和40年(1965)の歌詞であり、1802年当時「エンヤコラ」という言葉があったとしても、このような文脈で使われていたとは思われません。