99.【お】 『女(おんな)三人寄(よ)れば姦(かしま)しい』 (2001/10/15)
『女三人寄れば姦しい』
「女」という字を三つ合わせると「姦(騒がしいという意味)」という字になるところから、女はお喋(しゃべ)りで、三人も集まれば非常に喧(やかま)しいということ。
*********

その材木問屋は「鞍馬屋」といった。
主(あるじ)の冨三郎の生い立ちは定かでない。十年程前に、やり手だということで鞍馬屋を継いだらしい。それに付いては異論もあるという。
1つだけ確かな情報は、源五郎に劣らずの強面(こわもて)だということだった。
どうして急に西川材を買い占めようとしたかということについても、「皆目見当が付かない」という鹿之助の報告だった。

>八:なんでえ、分かったことってったら名前と怖い顔だってことだけじゃねえか。
>夏:御免なさいね。兄上じゃ、ここまで調べるのが精一杯みたい。
>熊:仕方がねえさ。役人にもそれぞれの管轄ってもんがあるんだろ? あんまりしつこくしてると周りから睨(にら)まれちまうだろうからな。
>八:そういうもんなのか? 面倒臭えんだな、役人ってもんはよ。
>熊:まあ、名前が分かったんだ。調べようはあるだろ。
>八:鴨の字にでも頼むのか?
>熊:あんまり話を大きくしたくはねえだろ。ほんとは、おいらたちが関わっちゃ拙(まず)いことかも知れねえんだぞ。
>八:でも、材木が使えねえってんなら、お飯(まんま)の食い上げだぞ。
>熊:そいつはそうだが、事があんまりにもでか過ぎるだろう。
>夏:でも、ま、ちょろちょろっと嗅ぎ回るくらいなら構わないでしょ?
>熊:真逆、お前ぇ・・・
>夏:あたし? とんでもない。優秀な下っ引きがいるじゃない。
>八:お咲坊か?
>熊:待てったら。様子が分からねえ内は、お咲坊を行かせるのは待った方が良い。
>八:そうだろうそうだろう。大切なお咲坊だもんな。・・・そんじゃあ、おいら早速、与太郎を呼びに行ってくらあ。

熊五郎が「明日で良いだろう」と止める間もなく、八兵衛は長屋へ向かって走り出していた。
熊五郎はお夏と目を合わせ、「まったくせっかちな野郎だな」と、苦笑するしかなかった。
やがて、首っ玉を捕まれた猫宜(よろ)しく、与太郎が連れられてきた。

>与:いったいなんなんですか? 「仕事だ仕事」って言われたんですが。
>熊:まったく済まねえな。ちょいと調べてみて欲しいことがあってな。
>与:急ぎのことですか?
>八:そうよ。一大事よ。下手をすると、このここいら全体の将来に関わることだ。
>与:そ、そんなに大変なことなんですか?
>八:生きるか死ぬかだ。もしかすると、このお江戸全部が戦(いくさ)の舞台になるかも知れねえ。
>熊:こらこら、あんまり大袈裟にするんじゃねえよ。まだどうなるか分からねえんだからよ。
>八:そんな悠長に構えてる場合か? もうちょっと先を見る目ってもんを持てよ。
>熊:お前ぇが言うなっての。・・・なあ、与太郎、お前ぇ、鞍馬屋冨三郎って奴の話を聞いたことねえか?
>与:はい。聞きましたよ。
>八:なんだと? 知ってるのか? そうならそうと早く言いやがれ。で? どんな奴だ?
>与:丁度今日の昼過ぎですよ、あたいがその名前を聞いたのは。なんでも・・・

そんなところへお咲が現れた。松吉と菜々まで一緒である。

>咲:やっぱり。さっき八つぁん、与太郎さんを呼びに来たでしょ?
>八:なんでお前ぇたちが来ちまうんだよ。
>咲:与太郎さんに「仕事」ならあたしにだって仕事でしょ? 菜々さんたちには付き合って貰ったの。偶(たま)にはどうって。
>松:八つぁんがあんまり血相(けっそう)変えてるんでよ、気にするなってのが無理だろ?
>菜:あたしも気になるわ。それで? 何ごとなの?

八兵衛では話が巧く進まないからと、経緯(いきさつ)の説明は四郎に任された。
四郎は、山火事の一件から、鹿之助が調べてきたことまでを、簡単に順を追って話した。

>松:成る程な。でもなんだか、物凄く焦臭(きなくさ)いような気がするな。
>八:親爺の野郎また賄(まかな)い場で何か焦がしてるってのか?
>松:そうじゃねえったら。臭うのは鞍馬屋の方だ。
>八:材木問屋が焦げてたら大変じゃねえか。火事場に薪をくべるようなもんだぞ。
>松:お前ぇ、本気で喋(しゃべ)ってるのか? ・・・熊さん、何とか言ってやれよ。
>熊:焦臭いってのはだな、豪(えら)いことが起こりそうだとか、怪(あや)しいとかいうときにも言うの。覚えとけ。
>八:なんだそういうことか。鞍馬屋が怪しいってことなんだろ。端(はな)からそう言えば良いのによ。・・・これで漸(ようや)く、与太郎の話のところに戻ったって訳だな。
>与:それじゃあ、あたいが今日聞いてきたことをお話しましょう・・・

>夏:・・・あらぁ、菜々さんじゃない。稚児(ややこ)はまだ?
>菜:まあ、お夏ちゃん。相変わらず忙(いそが)しそうね。疲れない?
>夏:平気平気。常連だらけなんだもの、適当に手は抜いてるわよ。
>咲:お夏ちゃん、あんたねえ、これから良いところだってのに、変なとこで口を挟まないでよ。
>夏:え? 良いところなの? じゃあ、あたしも混ぜて混ぜて。・・・あれ? 今日は半次さんを混ぜてあげないの?
>熊:あーあ。まったく、こんな調子じゃ、いつになったら話が前に進むんだか。
>与:・・・あの。半次さんのこと待ってた方が良いんですか?

仕方なく、今度は三吉が半次を呼びに行くことになった。
方向音痴の三吉は、「道に迷うなよ」といって送り出された。
「おいらが戻ってくるまで、話を進めないでおくんなさいよ」と応えて、三吉は長屋へ向かって走っていった。

>菜:ねえお夏ちゃん、さっき、お咲ちゃんから教えて貰ってたんだけど、兄上のところ順調に行ってるの?
>夏:それがね、聞いてくれる? 兄上ったらおしかさんの家に全然行こうとしないのよ。
>咲:じゃあ、おしかさんの方が通ってる訳?
>夏:父上の看病をして呉れたりで大助かりなんだけどね、おしかさんも自分の仕事を持ってるから、毎日って訳にもいかないのよ。あのふたり大丈夫なのかしら?
>菜:でも、お役人って非番の日があるんでしょう? そんな日はどうしてるの?
>夏:兄上ったら、ただぼーっとしてるの。それでね、そろそろおしかさんの来る刻限かなあって頃合いになると、でれっとしちゃって、見てらんないわよ。
>菜:それならまだ良い方じゃない。あたしだって、一頃は通い妻してたのよ。
>夏:きゃあ、「通い妻」だって。そう呼ぶとなんだかあれよね・・・

これから神妙な話を始めようとしている男連中のことなどお構いなしで、世間話が展開されていた。
待っている身の男たちには堪(たま)ったものじゃない。
「真逆(まさか)長屋までの道に迷ってたりしねえよな」と八兵衛が冗談を言っているところに、三吉が半次に連れられて戻ってきた。

>半:道を覚えられねえ奴を遣いに出すのは止(よ)せよな。
>八:なんだ? やっぱり迷っちまってたか?
>半:用事が延びちまってこんな刻限になっちまったが、どうせここだろうと、長屋には寄らずに真っ直ぐこっちに来たんだ。良かったぜ。入れ違ってたら会わなかったからな。
>八:どこで拾ったね?
>半:早稲田からの戻り道だったんだが、拾ったのはすぐ2つ先の辻だ。
>八:なんだと? 直ぐそこじゃねえか。
>三:へい。どっちだっけかなと思って、あっちに半町(約50m)こっちに半町、行っちゃあ戻りしてやした。
>熊:正直に「迷いました」って戻ってくりゃ良かったじゃねえか。
>三:それが、行ったり来たりしてる内に、戻る方向も定かじゃなくなっちゃいまして。
>熊:ここまで来るともう見事(みごと)としか言いようがねえな。
>八:まったく、娘らの世間話みてえに、物の役にも立たねえ野郎だな。
>咲:なんですって? 誰が役立たずですって?
>八:い、いや、なんだ・・・
>半:おいらがこんなに遅くなったのも、相手方の娘たちがああでもねえこうでもねえって言い争っちまって、一向に決まりを付けようとしねえしねえせいだったんだ。「娘3人持つと身代潰す」ってのも、分かるような気がしたねえ。

聞き齧(かじ)った知識をひけらかしてご満悦(まんえつ)の半次だったが、お咲に睨み付けられ、しゅんと萎(しぼ)んでしまった。

>与:あの、あたいの話は・・・?

つづく)−−−≪HOME