85.【お】 『同(おな)じ釜(かま)の飯(めし)を食(く)う』 (2001/07/09)
『同じ釜の飯を食う』
一つの釜で炊(た)いた御飯を共に食べる間柄という意味で、一緒に暮らしたり、同じ職場で働いたりした親しい仲であること。
類:●同期の桜
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捏(で)っち上げで銭儲(もう)けをするのは良くない」と指摘する積もりが、逆に、ここにいることを咎(とが)められ、太助はしゅんとなってしまった。
茂長からすれば、野崎屋の駆け出しであるこの独活の大木が、商売敵(がたき)である春日井屋の手代と一緒にいるのは、その事実だけでも見過ごしにできないことである。
仙六にとっても、生駒屋の名を騙(かた)って近付いてきたのは、商売敵の内情を探ろうという目論見(もくろみ)があってのこととしか考えられない。
今さっきまでぶつかり合っていた闘志が、2つ一度に矛先(ほこさき)を変えてきたのだ。
八方塞(ふさがり)である。

>咲:あら、あなたが茂長さん? 太助さん、いつもこう言ってるわ。手代にしとくには惜しいくらいの人だって。なるほど、どっしりとしてるっていうのかしら、そんなようなものがあるわね。
>茂:誰ですか? お前さん。
>咲:お咲っていいます。ちょっと訳がありまして、生駒屋の富朗さんから親しくお付き合いさせていただいてます。
>茂:お前さんが、ですか? お見受けしたところ、なんと申しましょうか、まだ、うら若いと申しましょうか、充分には老(ふ)けてないと申しましょうか・・・
>仙:早い話、まだ餓鬼(がき)だってんだろ?
>咲:失礼しちゃうわね。富朗さんは一人前として扱(あつか)って呉れてるわよ。
>仙:生駒屋の旦那、良くねえ魂胆でもあるんじゃねえのか?
>咲:人の器(うつわ)が違うのよ。
>仙:どうせ俺は器が小せえよ。怒りっぽいし、口の悪さで失敗するしよ。
>茂:ちっとも変わらないよね、仙ちゃんは。
>仙:その呼び方は止(や)めろってんだ。
>太:長いんですか? お2人は。
>仙:お前ぇに話す謂れはねえ。

>茂:まあまあ、良いじゃないか。太助どん、お前さんたちもこっちに来てお座んなさいな。
>太:はあ。
>茂:仙ちゃん、あんたもこっちへおいでよ。
>仙:呼ぶなってんだ。
>茂:あたしと仙ちゃんとはね、同じ年に同じ町で生まれましてね、真逆(まさか)、同じような職に就(つ)くとは思いもしなかったですけどね。
>仙:真似(まね)したのはお前の方だろう。
>茂:確かに、あたしの職は絵草紙売りでしたからね。そう言うお前さんが働いている春日井屋さんだって、ついこの間まで浮世草紙みたいな好色本を好んで売ってたじゃないですか。
>仙:俺が好んでた訳じゃねえ。買う方が好んだんだ。
>茂:そうも言いますかね。まあ、ものは言い様ですよ。ねえ、お咲さん、口だけは立つでしょう? なにしろ、学問所は首席でしたからねえ。
>仙:お前ぇだって次席じゃねえか。
>太:あの、お2人は幼馴染み
だったんですか?
>仙:それを言うんなら、腐れ縁だ。

仙六の喧嘩腰も漸(ようや)く鎮(しず)まってきていた。
丁度文士先生たちの方も仕上がったようだ。

>浩:茂長さん、長い間お待たせして済みませんでしたねえ。できましたよ。
>茂:本当ですか? 早速(さっそく)読ませて貰っても良いですか?
>浩:ええ。春日井屋さんに中身を知られても構わないんでしたらどうぞ。
>茂:大丈夫です。どうせ明日には配ってしまうものですから。
>仙:ほう。随分と気前の宜しいことで。
>茂:仙ちゃんが曲がったことをしない人だってのは分かってますからね。

>藤:ほい、こっちも上がったよ。仙六さんお待たせ。
>仙:有り難うよ。助かるぜ。どれどれ・・・
>藤:お前さんも気にしねえんだね?
>仙:茂長は一時(いちどき)に1つのことしかできねえ奴だから、大声で読んだって聞いちゃいねえよ。
>藤:ほう。流石(さすが)気心が知れちまってるな。
>仙:そんなんじゃねえ。
>藤:そうかい。まあ良いや。・・・それにしても、お前さんたちの口喧嘩も中々面白(おもしろ)かったぜ。
>仙:喧嘩だなんて、そんなんじゃねえよ。
>浩:その掛け合いの具合いがね、なんとも良い調子なんでね。今度使わせて貰いますよ。
>藤:何を言ってるんだ。こっちの次回作に使うんだ。そっちは後にしろ。
>浩:この仕事を頼まれたのは、野崎屋さんの方が先ですからね。悪しからず
>藤:そんなこと言ったって、『コロ助』は後日談だろ? ここから幼馴染みを持ち出したって仕方ねえじゃねえか。
>浩:そう言われちまうとそうなんですけど・・・。じゃあ、次作まで待っと呉れ。
>藤:駄目だ。こっちはもう煙巻って名前まで思い付いちまってるんだからな。
>浩:なんだって? あんたって人は。昔っからそういう抜け目ないところがあったよね。
>太:あの、お2人も幼馴染みなんですか?
>藤:寺子屋の頃からのな。

お咲と太助もそれぞれの続編を読ませて貰った。
『コロ助』の方は、狙(ねら)い通りのお涙頂戴ものに仕上がっていた。コロ助は見事仇討(あだう)ちを果たしたものの、左腕に傷を負い、刀を捨てた。毎年の命日には十個の大福を供えるのを欠かさない、心優しい大工になっているという。
一方、『服部』は、健一が起こす些細な事件を解決する傍(かたわ)ら、鼻岡という剣士に師事し、仇討ちの準備に余念がない。益々次作に期待を持たせる作りになっていた。

>咲:読み物としては、良い出来ね。どっちも売れるわ。茂長さんも仙六さんも良かったわね。
>仙:なんだよ、奥歯に物の挟まったような良い様だな。
>咲:だって、嘘なんですもの。瓦版に書いて売るようなものじゃぁないでしょ?
>仙:要は売れりゃあ良いんだよ。そうじゃねえのか?
>咲:違うに決まってんじゃないの。
>仙:なんだと?
>茂:まあ待ちなよ、仙ちゃん。お咲さんの言い分を尤(もっと)もだと思わない仙ちゃんじゃないでしょう。
>仙:分かってるんなら、態々(わざわざ)指摘なんかするな。だけど、どうしようもねえじゃねえか。
>咲:そうかしら?
>仙:何が言いてえんだ?
>咲:瓦版なんか止めちゃって、昔みたいに本を売れば良いじゃない。
>仙:売れねえから瓦版をやってるんじゃねえか。
>咲:好色本なんか売るから売れないのよ。今時そんなのを好むのは、碌(ろく)に稼(かせ)ぎもない若造か、体面ばかり気にするお役人くらいよ。
>茂:お咲さん、あんた一体何者なんですか?
>咲:『コロ助』の主人公になる筈だった五六(ごろ)ちゃんのちょっとした知り合い。それだけよ。
>仙:五六ちゃんだぁ? おい、茂長、なんだあの話は実話なのか?
>茂:ええ。うちの旦那が勝手に色付けしちゃったんですけどね。
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