73.【え】 『江戸(えど)の仇(かたき)を長崎(ながさき)で討(う)つ』 (2001/04/16)
『江戸の仇を長崎で討つ』
1.江戸と長崎とはとても離れているところから、意外な場所で、昔の恨みの仕返しをすること。
2.筋違いな事で、仕返しをすること。
語源:江戸時代の興行から出た言葉。大坂の籠職人が竹細工で巨大な涅槃像を作り、庶民の人気を攫(さら)った。江戸の職人の面目は丸潰れである。そこに、長崎のギヤマン細工灯篭と、ビイドロ細工阿蘭陀船が現れ、大坂の竹細工を凌ぐ人気となった。大坂職人の鼻を明かすこととなって、江戸の職人たちも溜飲が下がる思いであった。
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堺屋徹右衛門が真面目(まじめ)に仕事に打ち込んでいるというのは、どうやら本当のようだった。
与太郎がどこからか聞いてきた話によると、率先(そっせん)して納品に同行しているという。
ただ、手当たり次第に絵を見せて回って、こういう娘を見たことはないかと聞いているという。

>八:奴(やっこ)さん、相当いかれてるな。天女(てんにょ)だってんなら、そこいらに居る訳ねえじゃねえか、なあ?
>熊:いやあ、却(かえ)って真っ当でよ、本物のお咲坊のことを探しているのかも知れねえぜ。
>八:ってえことはだよ、恨(うら)みを晴らそうってことかい?
>熊:そうとも言い切れねえけどよ、有り得ねえ話じゃねえぞ。
>八:真逆(まさか)。蛸(たこ)にそんな芸当できる筈はねえさ。だってそうだろ? そうでなきゃよ、放蕩三昧(ほうとうざんまい)してた奴が真面目になったりするもんか。
>熊:そうか。それもそうだな。
>八:お前ぇ、お咲坊のことだからって、余計気になってるだけじゃねえのか?
>熊:そんなんじゃねえ。
>八:へへーんだ。この八兵衛さんは何でもお見通しなのよ。
>熊:だから違うっての。・・・口ばっかりじゃなくて手足も働かせろ。今夜は策を練(ね)らなきゃならねえんだからな。
>八:それについてだがよ、鴨の字を混ぜたのが良いんじゃねえのか?
>熊:止(や)めとこうぜ。この一件は棟梁が請け合ったことだ、変に役人なんか入れねえ方が良いのさ。
>八:渡世の義理ってやつか?
>熊:ちょっと違うが、まあそんなようなもんだ。

仕事を終えてから、熊五郎たちは、五六蔵たち共々「だるま」に集まった。
客はいなかったが、お咲が先に来て店の掃除をしていた。

>熊:なんでぇお咲坊、昨夜(ゆんべ)は「連夜はちょっとね」なんて言っておきながら、また来てるのか?
>咲:殊(こと)親方絡(がら)みのこととなると、父上も寛大なの。
>熊:今回はお前ぇは絡まねえ方が良いんじゃねえのか?
>咲:良いの。蛸と会うのは気が進まないけど、まったく蚊帳(かや)の外っていう方がもっと嫌なの。
>熊:あんまり調子に乗らねえようにしとけよ。
>咲:大工風情(ふぜい)に言われるまでもないわよ。こっちは下っ引きなのよ。あたしの後ろには鴨太郎さんが付いてるの。
>熊:大工風情とは言って呉れるじゃねえか。
>咲:あたしはね、熊さん八つぁんが心配だから混ざってあげてるのよ。
>熊:何を偉そうに。
>八:お互いで心配し合ってりゃ世話ねえな。・・・ああ、お熱いことで。こういうときはなんて言うんだっけ? ご馳走様だっけ?
>熊:手前ぇは黙ってろ。話がややこしくなる。
>亭主:なんだよ八公、来た早々ご馳走様か? もう帰るのか?
>熊:見ろ、またややこしいのが来ちまったじゃねえか。

>四:あの、ちょっと考えたんですが、宜しいですか?
>八:おお四郎、お前ぇから口を利くなんて珍しいじゃねえか。
>四:おいらだって偶(たま)には口を利きますよ。
>八:で、なんだ?
>四:第一に、徹右衛門は本物を探しているのか、身代わりを探しているのか? 第二に、見付かった娘に何をしたいのか? この二つが分からないうちは、軽々しく動かない方が良いと思うんです。
>熊:そいつはそうだな。
>八:熊なんか、お咲坊のこと心配しちまってよ、本物を見付け出して仕返しするために違いねえって言うのよ。
>四:有り得ますよ。
>五六:そんなにねちっこい奴かい?
>三:ねちこいには違いねえでしょうが、真面目になった振りまでしますかねえ?
>五六:そうだよな。噂じゃあ結構ちゃんと働いてるようだしな。
>四:まあ、仕返し云々(うんぬん)ていうのは、外(はず)しても良さそうですね。
>八:そうするとだ、単に、お咲坊に惚(ほ)れちまって、身代わりでも良いから傍(そば)に置きてえってことか? まったく、お気楽な野郎だな。
>四:そんなところなんでしょうね。
>八:ってことは、蛸の野郎、熊の恋敵(こいがたき)ってことか? こりゃあ落ち落ちしちゃあいられねえぞ。
>五六:お咲ちゃん、持て持てだな。
>咲:世の中には見る目のある人も居るってことよ。
>八:こりゃあなんだな、いつか四郎が言ったみたいに、ほんとに小町になっちまうかも知れねえな。

そこへお夏が現れた。定時よりも大分(だいぶ)早いお出ましだ。

>夏:ねえねえ、聞いた?
>八:ようお夏ちゃん。早いね。
>夏:養生所で面白(おもしろ)いこと聞いちゃった。上方(かみがた)から来たってお咲ちゃんが言ってた英二って人がね・・・
>咲:え? 何かやらかしたの?
>夏:そうじゃないのよ。あの絵のことよ。
>咲:絵? どこでどう繋(つな)がるの?
>夏:相馬屋さんが園部屋さんのところに絵を見せに行ったとき、盗み聞きしてたらしいの。
>八:ははあ、褒美(ほうび)の銭が目当てってことか。
>夏:それもそうなんだけど、ちょっと違うのよね。堺屋さんに対して恨みがあるらしいの。
>八:恨み? おいおい、穏(おだ)やかじゃねえな。
>夏:なんでもね、生まれ育った土地が丹波って言ってたかな。丹波と明石ってすぐ近くでしょ? 明石は干し蛸で大当たりした、それに引き換え丹波は豆くらいしか取れない貧しい藩。隣なだけに、明石の衆には積年(せきねん)の恨みがあるんだって。身代(しんだい)まで狙ってやるって言ってるそうよ。
>八:なんだそりゃ? 逆恨みじゃねえか。
>熊:ちょっと待てよ。堺屋ってよ、明石の蛸は扱(あつか)ってはいるが、堺屋っていうくらいだから堺の出なんだろ? 関係ねえじゃねえんじゃねえのか?
>夏:筋が通らないところに筋を通しちゃうのよね、ああいう人たちって。

>四:・・・ということはですよ、おいらたち、その英二っていう人のことも纏(まと)めて面倒見なきゃいけないんですか?
>熊:徹右衛門のことに絡んできちまった以上、放(ほ)っとく訳には行かねえ、のかな?
>八:親方からのお達しだもんな。
>熊:でもよ、相当な悪(わる)なんだろ? その英二って奴は。
>咲:極悪人。
>熊:おいらたちだけじゃちょっと危ねえんじゃねえか?
>八:だからよ。鴨の字も混ぜちまえば良いじゃねえかって言ってるだろ?
>熊:鴨太郎か・・・
>夏:ねえねえ、なんだか面白くなってきそうじゃない?
>熊:お夏坊、お前ぇなあ・・・
>咲:やる。・・・あたし俄然(がぜん)頑張っちゃう。だって、このまま英二の奴をのさばらせとくのは良くないもの。お上(かみ)が許してもこのお咲が許さない。
>八:よっ、良いぞお咲坊。
>熊:その正義感は立派なもんだが、危ねえことなんだからな。
>咲:大丈夫よ。鴨太郎さんが守って呉れるもん。
>八:あ、ひょっとして、お咲坊、蛸の野郎を守ってやっても良いかなって思ってるんじゃねえだろうな?
>咲:真逆(まさか)。詰まんないことで逆恨みしてる英二の奴が許せないだけよ。・・・どう? 安心した、熊さん?
>熊:そ、そんなこと聞くな。
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