第7章「凡夫与太郎の意外な一面(仮題)」

63.【う】 『独活(うど)の大木(たいぼく)』
 
(2001/02/05)
『独活の大木』
図体ばかり大きいが、愚鈍で、ものの役に立たない者のこと。
類:●臑脛(すねはぎ)の伸びた奴大男総身に知恵が回り兼ね
反:●山椒は小粒でもぴりりと辛い
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年号が、寛政から享和に改まった。
正月の二日、長屋に男が越してくることになった。あやがいなくなってからずっと空いていた部屋である。
久し振りに長屋を訪れた大家の甚兵衛は、その老朽振りに、改めて溜息を吐(つ)いていた。
店賃を値上げしようものなら、唯(ただ)でさえ集まらないものが、輪を掛けて滞(とどこお)る。はてさてどうしたものか・・・

>八:大家さん、今度のは誰の口利きで?
>甚:お前さんたちも知ってるそうだね、同心の鴨太郎という人ですよ。
>八:鴨の字を知ってるんですかい?
>甚:見縊(くび)って貰っちゃ困りますねえ。長年世話役をやってるとお役人とも知り合いになってしまうもんなんですよ。
>八:そういうもんですか。・・・それはそうと、鴨の字の仲立ちってことは、曰(いわ)く付きってことですかい?
>甚:その辺の細かい話はなかったんですけど、迷惑は掛けないと請け合って呉れましたからね。
>八:大丈夫なのかねえ?
>熊:まあ、鴨太郎がそう言うんなら信じるしかねえだろう。
>甚:そういうことだから、後のことはお前さんたちに任(まか)せるからね。
>八:どうしてそういうことになるんだよ。
>熊:そりゃあないぜ、大家さん。
>甚:店賃(たなちん)を貯めてる者たちには物言いの余地なんかありません。
>熊:そういうのを横暴(おうぼう)って言うんじゃないですか?
>甚:何かあったら鴨太郎さんに出張って貰うことです。じゃ、頼みましたよ。・・・それからね、名前は太助って言うそうです。

甚兵衛は、新入りが到着する前に帰ってしまった。

>八:一体どういう根性してやがるんだ? 自分で引き受けといて後は宜しくってのは酷(ひで)えじゃねえか。
>熊:こんなことならさっさと親方の所へでも出掛けちまえば良かったな。
>八:親方は姐(あね)さんのことで頭が一杯。行ったら邪魔者よ。昨日の新年の会で懲(こ)りてるだろ?
>熊:そうだよな。松つぁんは、自分の祝言(しゅうげん)のことででれでれだしな。
>八:良いよな、幸せな人ばかりでよ。それに引き換え、おいらたちは鴨の字と甚兵衛さんの尻拭いか?
>熊:半次でも巻き込んじまうか?
>八:あいつは正月だってのに仕事だとよ。早々に出掛けて行きやがった。残ってるのはおいらたちと与太公くらいのもんだ。
>熊:与太郎じゃ使いもんにならねえしな。あーあ、つまらねえ
>八:ここで待ってても仕方がねえ。うちに来て雑煮(ぞうに)でも食うか?
>熊:まだ昼には早過ぎるだろう。
>八:昼になったらまた食えば良いじゃねえか。おいらは食えるぜ。
>熊:遠慮しとく。
>八:それじゃあ、飲んじまうか? 正月だから構わねえだろ。
>熊:うーん。そうだな、こうなりゃ自棄(やけ)か。与太郎も呼んで、ぱあっといくか?
>八:そうこなくちゃ。

ということで、与太郎を引き立ててきて酒盛りが始まった。

>八:おい与太郎、なんか余りの菜っ葉で作ったもんねえのか?
>与:糠漬(ぬかづ)けならありますけど。
>八:もう少し気の利いたものはねえのか? どうせ売れ残りだらけなんだろ?
>与:冗談じゃありませんよ。売れ残るほど仕入れたりしません。
>八:仕入れが少ないんじゃ上がりなんか知れたもんじゃねえのか?
>与:余らすよりは良いですから。
>八:欲がねえのかやる気がねえのか・・・
>熊:誰に迷惑が掛かる訳じゃなし、それはそれで良いんじゃねえのか?
>与:そうです。あたい1人が食っていければ良いんです。
>八:お前ぇ、嫁を取るとか考えたことはねえのか?
>与:そりゃあ、男ですから、考えない訳ありませんけど、あたいんとこなんか誰も来やしませんよ。
>八:あーあ。まったく、欲がねえのかやる気がねえのか・・・
>与:放(ほ)っといてください。
>熊:人様に迷惑を掛けねえのは良いんだがよ、人様の為になるようなことはしねえのかい?
>与:それがね、良かれと思ってすることが、その通りには受け取られないんですよね。
>熊:きっと、間が悪いんだな。
>八:いや、ただ単に、間が抜けてるだけだろうよ。
>与:酷(ひど)い言われ様ですねえ。・・・まあ、実際のとこ、そんなところなんでしょうけど。

>熊:なあ、人様の為になることさせてやろうか?
>与:なんです? ・・・なんか企(たくら)んでません?
>熊:とんでもねえ。お前ぇの為にも良さそうなことだからよ。
>与:そうですか? どういうことすれば良いんです?
>熊:今日、太助っていう奴が越してくるらしいんだけどよ、懇意(こんい)にしてやって呉れれば良いんだ。
>与:なんだ、そんなことですか。あたいはまた、その人に仕事を世話しろとか言われるんじゃないかと思いましたよ。
>熊:そんな無理なこと頼む訳ねえだろう。
>与:そんなことありませんよ。あたしだって仕事の口利きぐらいできますよ。
>八:どうだか。どうせ大根運びの手伝いが関の山だろ。
>与:あれ、どうして分かったんです?
>八:分かるも何も、お前ぇの頭じゃそれ位のことしか考えられねえだろう。
>熊:まったくだ。なあ、与太郎よ、ようく考えてみろ。仕事を手伝わせたら上がりの半分をそいつにやらなきゃならねえってことなんだぞ。食っていけなくなるんじゃねえのか?
>与:成る程。そこまでは気が付かなかったな。
>八:だからお前ぇは抜けてるってんだ。

昼を回った頃、源五郎のところから貰ってきた酒も底を突いてきた。
しかし待てど暮らせど新入りは現れない。
酒を仕入れに行こうか昼寝をするかと迷ったが、どうも盛り下がってしまったので、散会して寝て待つことになった。

結局、太助が現れ、眠っていた熊五郎の戸を叩いたのは、日が傾き始めた頃だった。
見上げるような大男で、部屋に入ってくるとき、お約束で、鴨居(かもい)に額(ひたい)をぶつけ、戸口に立つと、外の明かりを遮断して部屋が暗くなるほどだった。

>太助:ご免なさいやし。甚兵衛長屋ってのはここで良いんですよねえ。
>熊:あん? お前ぇさんかい、太助ってのは?
>太:へい。太助ってもんです。
>熊:随分のんびりしたお出ましだな。
>太:へい。今朝出掛けるときになって、荷造りをしてないのに気が付きやして・・・
>熊:こりゃまた随分間の抜けた奴が来やがったな、与太郎とはお似合いだな。
>太:どの部屋を使えば良いんですか?
>熊:ちょいと待ってろ。手伝いをもう2人連れてくるから。・・・それにしてもでかいなあ。
>太:へい。お陰で仕事が長続きしないんです。良い仕事、ありやせんか?
>熊:長続きしねえのは、図体のせいばかりじゃなさそうだな、こりゃ。
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