58.【う】 『牛(うし)は牛連(うしづ)れ』 (2000/12/25)
『牛は牛連れ』
同類のもの、似たもの同士は自(おのずか)ら集まるということ。また、身分相応の者が集まれば巧くゆくものだということ。
類:●類は友を呼ぶ●牛は牛連れ馬は馬連れ
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頃合いを見計(みはか)らって「だるま」に来るようにと言われて長屋に戻った松吉だったが、仕事が手に付かないことに変わりはない。
結局部屋にいても仕方がないということで表へ出た。
当てもなくうろついてはみたが、興味を引くものは何一つなく、気が付くと長屋の近くまで帰ってきている始末だった。
出るのは溜息ばかり。誰でも良いから声を掛けて呉れる人はいないものかと思い始めていた。
こういうときに限って井戸端には誰もいないし。
と、ほとほと困っているときに折り良くお咲が出てきた。

>咲:あら、松吉さん、一休み?
>松:おお、お咲ちゃん、丁度良いや、ちょいと話し相手になって呉れねえか?
>咲:なんかあったの?
>松:なんだか仕事が手に付かなくてよ。
>咲:困り事? 良いわよ、この咲がなんでも相談に乗りましょう。
>松:そうかい。有り難え。・・・実はな、源五郎親方からちょいと頼まれ事をしちまって、巧(うま)くいかねえで困ってたとこなんだ。
>咲:頼み事? 親方から? 珍しいわね。
>松:それがよ、こういうことなんだ。近々嫁入りする娘がいて嫁入り道具を何か持たせたいんだが、何を欲しがってるか当人に聞いて呉れって。
>咲:なんだ。そんなのなんてことないじゃない。
>松:おいらもそう思ったんだけどよ、ご当人はなんにも要らねえってんだ。
>咲:ふうん。今時奇特(きとく)な人ね。
>松:もっと変なことによ、ご当人は嫁入りの話なんか聞いてねえってんだ。

>咲:あ、もしかして、それって、親方んとこの菜々さんのこと?
>松:なんでぇ、お咲ちゃん知ってんのかい?
>咲:知ってるも何も、五六ちゃんの妹じゃない。
>松:五六ちゃんって、ごろつきの五六蔵のか?
>咲:そうよ。全然似てないけどね。
>松:へえ、それで親方んとこにいるんだ。
>咲:なによ、五六ちゃんの妹だって聞いてがっかりした? 顔に書いてあるわよ。
>松:な、なんだっておいらが。
>咲:ふうん。そういうこと。親方も手の込んだことするわね。
>松:何がどう手の込んだことなんだ?
>咲:さあ。・・・それで? どうするの、親方の頼み事?
>松:今晩、八と熊が「だるま」に連れてくることになってるから、そのときでもまた聞いてみるしかねえかな。
>咲:面白そうね。あたしも行って良い?
>松:子供が飲み屋なんかに行くもんじゃねえだろ。
>咲:良いの。お夏ちゃんもいるし。父上もあそこだけは許して呉れるの。それに、菜々さんも女1人より気楽でしょ?
>松:まあ、仕方ねえか。六さんにはちゃんと許しを貰うんだぞ。

>咲:あ、言い忘れてたけど、もう半時(=約1時間)もしたら菜々さんうちに寄るわよ。
>松:なんだと?
>咲:この先に安兵衛さんって職人さんがいるの知ってるでしょ?
>松:そりゃ、おいらの師匠みてえなもんだからな。
>咲:1日置きにお遣いに来ててね、帰りに寄ってくのよ。松吉さんは真面目(まじめ)にお仕事をしてるから気が付かなかったのね。・・・どうせならそのとき聞いちゃったら?
>松:い、いや、後で良いよ。八たちが折角(せっかく)段取って呉れてるんだし。
>咲:そんなの良いじゃない。行き着くところが一緒なら、途中なんてどうだっておんなじよ。
>松:だってよ、朝方会ってきたばっかりだぜ。昼を過ぎたくらいで考えが変わったりしやしねえだろ。
>咲:分かんないわよ。松吉さんに言われたことずっと考えてるかも知れないし。
>松:あ、おいら、そういえばまだ昼飯を済ませてねえんだ。ちょっくら食ってくる。また夕方な。じゃあな。

松吉が飯屋に出掛けていってからそう時間を置かずに菜々が現れた。
いつもより随分早いお出ましだった。

>咲:あら、安兵衛さんの方はもう済んじゃったの?
>菜:先にこっちに来ちゃった。ちょっと聞きたいことがあって。
>咲:聞きたいこと?
>菜:変なこと聞くけど、普通、お嫁入り道具ってどんなものを持っていくものなの?
>咲:どうかしたの?
>菜:飾り職の松吉さんていう人が来てね、あたしだったら何を持っていきたいか聞かせて呉れって。
>咲:そんなの教えてあげることないんじゃないの? あたしの勝手でしょって言ってやれば良いのよ。
>菜:でもね、仕事の足(た)しにしたいからって熱心に頼まれちゃ断れないわよ。
>咲:人が好過ぎるのよ、菜々さんは。相手が松吉さんだから良いようなもんで、下心のある人だったらどうするの?
>菜:お咲ちゃん知ってるの、松吉さんのこと。
>咲:この長屋に住んでるのよ。
>菜:そうなの? どんな人?
>咲:気になるの?
>菜:い、いいえ、別にそういう訳じゃ・・・

>咲:仕事馬鹿っていうと言葉は悪いけど、そんな感じ。熊さんたちの話だと腕は確かみたい。
>菜:それじゃあ尚のこと、足しになるようなこと教えてあげなきゃいけないじゃない。
>咲:あらまあ。知らない人が聞いたら松吉さんに惚(ほ)れちゃったんじゃないかって言われるわよ。
>菜:そんな。話が飛躍し過ぎよ。
>咲:でもね、勝手な話だけど、あたし、松吉さんと菜々さんってお似合いかも知れないって思うわよ。
>菜:止(よ)してよ。
>咲:満更(まんざら)でもない癖に。
>菜:嫌ねえ、年上を揶揄(からか)うもんじゃないの。
>咲:・・・そうだ。あたしが良いこと教えたげる。今度松吉さんに聞かれたら、こう聞くの。「松吉さん、あなたがこれまで作ってきたものの中で一番出来が良かったものってなんです?」 それからね、「同じ物をそれ以上巧く作れますか? そしたらあたしはそれをお嫁入り道具にしたい」って。
>菜:お咲ちゃんってほんとに14?
>咲:正月が来たら15、もう立派な大人よ。あ、そうだ。ひとつお遣いを頼んじゃって良い? あやさんに文(ふみ)を届けて欲しいの。
>菜:お内儀(かみ)さんに? ええ、良いわよ。
>咲:それじゃちょっと上がってって。お茶でも煎(い)れるから。・・・ねえ、あやさんのお目出度って本当みたい?

お咲が書いた文章はこういう内容のものだった。
「風の噂で聞きました、お目出度だそうですね。親方のことだから全然気が付いてないんでしょうね、きっと。菜々さんのこと口が軽いとか責めたりしないでくださいね。あたしの聞き出し方が巧過ぎるのよ。ということで、松吉さんと菜々さんのこと気が付いちゃました。後ろで糸を引いてるのあやさんでしょう? 相変わらずお茶目さんね。知っちゃった以上、関わらせていただきます。大丈夫、滅茶苦茶にしたりはしないから。今夜はだるまでふたりが偶然顔を会わせるそうなんで、その場にいて暗躍しちゃおうかと考えてます。みんなで集まるのって夏に悪さをして以来だもの、わくわくしちゃう。ちゃんと報告はしますから。かしこ」
つづく)−−−≪HOME